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2017.08.24

今回は、欧州におけるBtoBマーケティングの現状についてご紹介します。

欧州のBtoBマーケティングの現在位置は?

柔道の世界では「イッポン」「ワザアリ」などは世界中で使われる標準語です。郵便ではいくつかのフランス語が、医療では多くのドイツ語が標準語になっています。つまり、そのカテゴリーの発祥、もしくは最も発達した国の言葉が標準になります。
現代のBtoBマーケティングは米国で発達しました。BtoBマーケティングに関しては1990年代までは世界有数のリサーチ&アドバイザリーファームのガートナーが、2000年以降はそのガートナーのBtoBマーケティング&セールス研究部門から独立したジョン・ネーサン率いるシリウスディシジョンズ(SiriusDecisions)が理論的な牽引車で、スタンダードとなった「デマンドウォーターフォール」を含む多くのモデルやフレームワークを発表しました。ガートナーもシリウスディシジョンズも、米国東海岸を本拠としています。またBtoBマーケティングは、マーケティングの古いカテゴリーで言えば「ダイレクトマーケティング」から大きな影響を受けています。マスメディアを使わないマーケティングだからです。このダイレクトマーケティングの総本山は米国ニューヨークに本部を構え、今年で設立100年を数えるDMA(Data Marketing Association)です。こうした関係で、BtoBマーケティングの標準語は英語なのです。
さらに、BtoBマーケティングと最も密接不可分な関係にあるのがデータベーステクノロジーと、インターネットテクノロジーですが、この両者も米国で生まれ、急速に発達しました。
現代のBtoBマーケティングの用語が、圧倒的に英語や英語の略式表記(MQL、SALなど)が多いのはこうした理由からなのです。

欧州のBtoBマーケティングのエージェンシーと話していてもそれは変わりません。シリウスディシジョンズが2000年代初頭にリリースしたデマンドウォーターフォールが標準モデルになっていますし、リードジェネレーション(Lead Generation)、リードナーチャリング(Lead Nurturing)といったプロセスの呼び方もほとんど同じです。

欧州と言ってもBtoBマーケティングに関してはEU加盟国27カ国の中でレベルの差がかなり存在します。

欧州でのトップランナーはやはり英国です。英国の広告・マーケティング産業は米国と密接な関係を持っており、米国を代表する広告代理店やBtoBマーケティングエージェンシーもWPPに代表される英国企業の傘下になっている例が多いのです。また、インターネットの普及以降、急速に世界共通語になった英語の国というアドバンテージも有って、多くの米国IT企業は欧州のヘッドクォーターを英国に置き、ここから欧州・中東・アフリカ(EMEA:Europe・Middle East・Africa)を統括させています。こうした米国企業では、米国標準のマーケティングを行いますから、英国のエージェンシーは米国とほぼ同じレベルのマーケティングサービスを求められることになります。

ドイツはEU最大の工業国であり、SAP、シーメンスなどのハイテク優良企業も多く、印刷機械、自動車関連などの製造業の商圏は、欧州はもとより米国、そして日本を含むアジア全域になります。さらに金融でも強大な経済力を背景に欧州の中心になりつつあり、そうした理由で英国の次にマーケティングが進んだ国になりました。

ファッションや食文化の中心フランスは、ミニテルと呼ばれた電話回線を使って文字や画像を使ったコミュニケーションができるフランス独自のシステムが普及したことが原因でインターネットの普及が他国より大きく遅れました。1990年代に起きたこの遅れを取り戻すのにフランスは10年を費やしたと言われており、またこの間に世界から置いて行かれることを懸念したクリエイティブ系の人材や企業がロンドンやNYに流失したことも痛手でした。そうした経緯からフランスは2010年を過ぎてからようやく欧州のトップグループに入ってきた感じです。

北欧の国々もBtoBマーケティングの進化はめざましいものがあります。スウェーデンは工業国ですし、デンマークはITで飛躍的な進化があり、フィンランドは森林資源を活用した建材の輸出が盛んです。地理的に欧州の中心ではない彼らは、インターネットを駆使して世界にマーケティングを展開しているのです。

他の南欧や東欧の国々は欧州域内を商圏にしているケースが多く、販売する商材も安い労働力だったり観光資源だったりしますので、BtoBマーケティングはあまり進んでいません。

欧州のBtoBマーケティングの中心はロンドン

BtoBマーケティングにおける欧州のトップランナーはやはり英国、それもロンドンです。欧州のマーケティングの中心としてアイルランドのダブリンを上げる人もいますが、確かにコールセンターでは突出していますが、それ以外は圧倒的にロンドンに集積しており、税制のメリットを狙ってアイルランドに登記上の本社を設置している企業が多いことから勘違いされているのかもしれません。

ロンドンのBtoBマーケティングは動画コンテンツプラットホーム、テレマーケティング、データクレンジングなど多くの企業が存在しますが、その中でもユニークなふたつの会社を紹介しましょう

B2BMarketing.net

ロンドンに拠点を置くBtoBマーケティングに特化したメディアです。紙媒体とオンラインの両方を持っており、「広告モデルではないメディア」を模索しています。
実は米国にも数年前まで米国の経済雑誌を多数発刊するクレインコミュニケーションズという出版社の中に「B2BMarketing.com」というメディアが有りましたが、広告収入だけに偏ったビジネスモデルだったため、ベンチャーの多いBtoBマーケティングでは収益を確保できず、次第に規模を縮小し、数年前に売却されてしまいました。そういう意味ではこのロンドンに拠点を置く「B2BMarketing.net」はBtoBマーケティングに特化したメディアとしては唯一の存在と言えるかもしれません。
編集長のJoel Harrisonは未来を戦略的に描いており、利用者にメリットのあるアドバイザリーファーム&メディアという立ち位置で広告収入だけに依存しないメディアを模索しています。

Momentum ABM

英国は新しいBtoBマーケティングのムーブメントであるABM(Account Based Marketing)でも世界をリードしています。その代表格がこのMomentum ABMとその代表のAlisha Lyndonでしょう。

Momentum ABMはABMに特化したコンサルティングファームで、企業がABMに取り組むときの上流から、実際のターゲットアカウントの選定、営業を交えてのワークショップ、コンテンツ分類などまでをトータルでコンサルテーションします。ツールでは実現し得ない経営戦略としてのABMをサポートする世界でも希な業態であり、ロンドンをベースに急拡大している新進気鋭の企業でもあります。
上流の戦略コンサルティングファームの立ち位置で、かつABMに特化したスタイルなので、Alisha個人のカリスマ性とファシリテーションスキルに依存したモデルにも思えるのですが、ワークショップからターゲットアカウントのペインポイントを分析し、そこに槍(スピア)を打ち込むやり方は確かにトップダウンの欧米では有効なのかもしれません。
ABMは米国で多く生まれたツール型、既存のデジタルアドやテレマーケティングからの応用で実施されるサービス型とMomentum のようなコンサル型に分類できそうですが、コンサル型はしばらくAlishaが牽引するのかもしれません。

欧州BtoBマーケティングの中心ロンドンに影を落とすBrexit

BtoBマーケティングでは欧州のトップを独走するロンドンですが、そこに影を落とすのがBrexit(英国の欧州連合(EU)からの離脱)です。
2017年6月に実施された英国総選挙での与党保守党の惨敗で再び雲行きが怪しくなってきたBrexitですが、今年の5月に、アムステルダムを拠点に、フランクフルト、デュッセルドルフ、そしてロンドンを旅して見聞きした肌感覚のBrexitを書いてみようと思います。

まず、オランダからドイツや他の英国以外のEU圏内の国に行くのは本当に国内旅行感覚です。出入国管理(イミグレーション)はもちろん税関や、簡単なパスポートチェックすら無く、電車で行けばセキュリティチェックもありません。EU以前に電車で欧州を旅したことがありますが、国境の駅で国境警備の役人が乗り込んできてパスポートをチェックします。その役人や一緒にいる警官が機関銃を携帯していることも珍しくなく、やはり国境を越えるという緊張感を覚えたものでした。今ではそれが無いどころか、目的地に到着しても通貨が同じユーロなので「違う国」に来たという感覚はほとんどありません。もちろん街並みや、道行く人の言葉、レストランのメニューに書かれた言語は違いますし、話してみればそれぞれのお国柄は未だ残っているものの、EUはひとつなんだと実感することができます。オランダでイタリアから来た人と話したら、大学生の娘はもうリラの時代を覚えていないんだそうです。
これに対して、オランダから英国を訪問すれば、日本から行ったのと同じイミグレーションに並ばなくてはならず、通貨もポンドを用意しなくてはなりません。離脱を宣言はしたものの、現在は英国も立派なEUの一員なのですが、実態としては他のEU加盟国と比べると一体感の低さは半端ではありません。
そのことをオランダやドイツの人に聞いてみると、

「そもそも英国はEUの仲間としてふるまった事なんて一度もない」
「昔から彼らはヨーロピアンじゃなくてブリティッシュだからね」
「まぁ彼らはそういう国だから、昔から・・・」

という答えが多く、元々なのかBrexit からなのか、だいぶ嫌われてしまった感じがします。

では英国国内ではどうかと言えば、訪問先がロンドンだったこともあって、

「Brexit なんてありえないよ」
「これからどうなるか誰にも判らない、この国の国民がここまで愚かだとは思ってもみなかった」
「英国は、トランプを選んだ米国民のことを言えないよ」
「準備?出来てないよ、だって誰も離脱するなんて思ってなかったからね」
「まだ離脱しない可能性を信じてるよ、だから対応は考えてないね」

という答えが多く、あきらめ顔の中に未来への恐怖が浮かんでいる感じでした。
インターネットが普及する以前は、欧州の人々は自国の言葉を使い、英語は今ほどできず、話せてもあまり使わないことが普通でした。しかし2017年現在では、フランス、ドイツなどの大国、南欧のポルトガル、スペイン、イタリア、さらには北欧スカンジナビアの人々もみな英語で話します。インターネットのお陰で英語が世界標準語になった時に、英語を母国語とする英国がEUから脱退し、米国が保護主義に舵を切るのです。残った国はそれぞれにとって外国語である英語でコミュニケーションしながら、結束を強めるというとても皮肉な状況が生まれているのです。

不謹慎ながら私の目には、「元々それ程仲良くなかった者同士が、何かの成り行きで結婚して、でもいつ離婚になるか判らないから所得や財産(通貨)はきっちり分けてたので、いざ離婚が決まったら手続きはとっても楽です」という不幸なのか幸福なのかよく判らない状態に見えました。
ですから、そもそもなんで結婚(EU加盟)したの?というのが率直な感想なのです。英国内には「我々はEUを超える壮大なコミュニティを創る」なんて言ってる人がいるそうです。アメリカ合衆国、カナダ、インド帝国、オーストラリアにニュージーランド、南アフリカを植民地として支配した大英帝国の夢を見ているのかもしれませんが、もはや金融以外にさしたる産業もない国を誰が相手にするのでしょうか?独特の雰囲気と住んでいる人が大好きな英国の未来がさらに心配になった出張でした。

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