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2006.04.10

マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷3[SFA編-前編]

出典:PowerBiz / 庭山一郎

見込み客が「案件」に姿を変える時、これを追いかける営業の行動を管理し、効率的に動かすことを目的に開発されたSFA【Sales Force Automation】が、さっぱり役にたたない企業が日本には多い。その原因を探る。

日本ではマーケティング部門と営業部門が不仲な企業が多い。経営者にとっては本当に頭の痛い問題だが、なかなか解決できないのが現実だ。前回はその原因のひとつである「気質」にフォーカスし、マーケターを「農耕型」、営業を「猟師型」と分類してその違いを説明したが、この気質の違いもひとつの要因となって多くの導入失敗事例を出しているのが【SalesForce Automation】(以下 SFA)と呼ばれる営業支援ソリューションである。

SFAは、米国を中心に発展してきた営業支援の概念であり、現在ではBtoBの営業支援パッケージの総称として使われることが多い。顧客の情報管理、営業のスケジュール管理、商談進捗管理、見積書の発行、契約、などの統合管理が含まれ、その種類や応用範囲は幅広い。

代表的な商品として、シーベル、ピープル、セールスフォース、ピボタル、そして国産を代表するWonderWebなどがある。シーベルやピープル、セールスフォースはオラクル出身の敏腕営業マンが考案したソリューションである。(興味深いのは、彼らはビジネスサイドにいた人達で、エンジニアサイドではなかったことだ)

日本でも「営業支援システム」として近年導入する企業が増えており、これによって日本企業の営業スタイルも、従来型の勘・経験・根性・汗による、営業マンの個人スキルに依存した営業から、「ITを活用した科学的な営業」への変貌を遂げようというチャレンジが行われている。

もっと要約すれば、マーケティング部門が展示会などで集めて大事に育ててきた見込み客が、徐々に絞り込まれ、見込み客からまるでサナギが羽化するように「案件」に姿を変えた時、これを追いかける猟師達の行動を管理し、効率的に動かす事を目的に開発されたツールがこのSFAなのだ。
しかしながら、何故か日本ではこの高度なソリューションをほとんど活かせていない。

なぜその導入プロジェクトの多くが失敗してしまうのか。
その答えは「運用」にある。カスタマイズでも、バグでもない。検収し、ベンダーが去った後でユーザーサイドでこの営業支援ソリューションを目的通りに運用することが出来ないのだ。

多くの企業へのSFA導入コンサルテーションをしてきた中で、営業本部と情報システム部門や経営企画部門との不毛なやりとりの仲裁を繰り返しながら私の中で明確になってきた導入失敗の原因は次の3点である。

日本でSFA導入が成功しない原因

  1. 担当するセクションが間違っている

  2. SFAに最も不得意なことをやらせている

  3. そもそも売る側が理解不足のまま販売している

今回は、この3点のうち最初の2点について解説していこう。

1.担当するセクションが間違っている

SFAはあくまで営業マンや営業チームの行動管理ツールである。これを使って営業マンを動かせるのは、経験を積んだ営業マネージャー以外に存在しない。
間違っても、SFAの運用責任を、導入やカスタマイズを担当した情報システム部門やマーケティング部門に置かないことだ。しかし現実にはどうかと言えば、ITリテラシーの問題を過大評価してこうした後方部隊に運用管理させている企業が多いのだ。

そしてまた、このために運用を失敗している企業も実に多いのだが、このことは集団で狩をするマタギを観察してみると良く理解できる。
見晴らしの良い場所で狩場の指揮を執るのは経験を積んだ「シカリ」と呼ばれる長老であり、猟師の行動と心理、獲物の特性や行動パターンを理解した者、つまり営業のマネージャーである。
彼だけが狩の現場を俯瞰的に見て的確な指示を出したり、隠れたリスクを発見し、それを回避することが出来るのだ。

もしこれを他のセクションに管理させるとどうなるか・・・。
営業マンの行動をやたらに束縛し、動きを鈍らせ、モチベーションを低下させる事にしかならない。
見込み客データの煩雑な管理作業を営業ではこなせないのと同じように、SFAの運用管理もマーケティング部門には担当させてはいけないのだ。

営業の設計はマーケティング部門の仕事である。売れる仕組みを考え、展示会やセミナーの企画を考え、メールマガジンやWebを使って見込み客を絞り込み営業を後方から支援することがマーケティング部門のミッションである。その道具であるシステムやパッケージの選定やカスタマイズ、ソフトウェアメンテナンス、サーバ管理などはシステム部門の仕事だろう。
しかし「運用」は営業にしか出来ないと考えるべきだ。

そもそもSFA導入の目的は営業効率を上げることであり、もっと具体的に言えば「平均的な営業マンが受注目標を達成しやすくする」ということである。管理者が必要以上に営業を縛ることは目的ではない。
SFAを導入した企業で、営業マンがフィードバックをしないことを嘆く導入担当者の話を良く耳にするのだが、導入を担当した情報システム部門や、経営企画室の言い分はこうである。

会社が導入を決定した以上、従うのは社員の義務であり、常識だ。毎日のフィードバックをしないなどもっての他である・・・。そもそもウチの社長は営業部門に甘すぎる・・・。

一方の営業部門の言い分は、なんで1日に2時間も3時間もフィードバックに時間を使うのか!一人年間約500時間、ウチには200人の営業マンがいるので年間で10万時間を入力に費やすことになり、その分だけ訪問や見積もりの時間を取られる計算になる。
各営業部隊では悲鳴が上がっている。
売上予算を削減するか、フィードバックの義務をなくすか、判断をしてほしい・・・。

売上を減らしてまでSFAのルールを守れる会社はほとんどないので、最後はいつもフィードバックのルールを甘くして、その結果まったく使われなくなるか、せいぜい住所録として細々と生きながらえているかのどちらかだ。

数千万円から数億を投資した最先端のSFAソリューションが数ヶ月でただの住所録である。
営業のディテールと心理を理解していない部門が管理すると必ずこうなり、マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷がさらに深さと暗さを増すことになる。

狼は狩の時、仲間同士で遠吠えを繰り返し情報交換をしながら獲物を追い込んでいく。しかし、いざ襲い掛かるときは決して声を出したりしない。姿勢を低くして風下から獲物を追い詰める狼の姿を想像して欲しい。彼らはもう後ろの仲間に遠吠えをしたりはしない。

狼が遠吠えをしないのは面倒なのでも、自分の姿を隠すためでもない。
凄まじいレベルで目の前の獲物に集中しているからなのであり、またそうしなければ「獲物を仕留める」という目的を果たせないのだ。
「目的」を見失わず、さらにこうした「気質」を理解できる者だけがSFAの管理者たる資格を持っていると言えるだろう。

2.SFAに最も不得意なことをやらせている

SFAの最も悲惨な導入事例は、「案件」に至る前の「種」や「苗」、つまり展示会などで大量に集めた名刺をベースにした数千件、数万件の「見込み客」の管理まで担当させるツールとして導入してしまうことである。
繰り返すが、SFAは展示会などで集めた膨大な見込み客を管理するツールではなく、案件ごとの営業マンの行動管理ツールと考えるべきである。
山を駆け巡る猟師の行動を管理するのに、畑を耕すために設計された耕運機を購入するようなもので、そもそもうまくいくはずがない。
SFAは前回説明した【Lead qualification】(リード・クオリフィケーション:集めた見込み客をユニーク化しコミュニケーションとメンテナンスを繰り返しながらランクアップさせ、絞り込むフェーズ)はまったく不得意で、そもそもここに使うべき道具ではないのだ。

その理由は「中のデータをユニークな状態に維持する」ことが出来ない、という一見単純だが根が深いものである。
データベースマーケティングにおいて「データをユニーク化する」ということは基本中の基本であり大前提である。しかしマーケティング関連の書籍を読んでもここに触れた本はほとんどなく、せいぜい「ユニーク化は重要なのできちんとやってください」というレベルである。書いている本人がその作業や現場、ノウハウを知らないのだ。さらに言えばSFAを販売している人たちですらその難しさをほとんど理解していない。

マーケティング活動の過程で発生する「リストメンテナンス作業」の回数は、活用頻度と比例するので10回リストを使えば10回のメンテナンスが必要である。メールを配信した、メールに反応した/拒否した/不達だった、Webのどのページを見た、資料請求をした、という一連のコミュニケーションが正確に個人へひもづけられているという状態を維持する。コミュニケーションのたびにその結果をデータベースにフィードバックすることにより、見込み客の情報は肉付けされ洗練されていく。

しかしもし同一人物がデータベースに2人も3人も存在するとしたら、コミュニケーションを正しくひもづけられないし、最新鋭のソリューションが売りにしている「データマイニング機能」も「地理データを反映した担当者の一括自動割り振り機能」もまったく意味を成さない。
だからマーケティングの先進国である米国製のSFAツールには、必ずマージプログラムが実装されている。

ところが、悲しいことに日本語データに関しては、これらの機能はほとんど頼りにならない。
英語圏で生まれたSFAを日本に持ち込む際、欧米人は2バイトでローカライズすれば日本語もハンドリングできると信じているが、実は日本語はそんなに生易しいものではなく、世界中調べても法人データのユニーク化がこれほど難しい国はないのだ。

斉藤の「齋」、渡辺の「邉」など、同じ読みで異なる漢字が複数存在する。
しかも、名刺は「齋藤」だがアンケートには「斉藤」と書くという風に、同じ人間が状況によって新旧漢字を使い分けることも多く、表記上同姓ですらない人間をマージ(名寄せ)しなければならない。

住所表記にしても、ビル名まで含めれば漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベット、ローマ数字、漢数字、ギリシャ数字が不規則に混在し、それが書く人によって微妙に異なるといういわゆる表記の「ゆらぎ」が発生する。

1万件の見込み客リストがあったとして、いったいどれくらい表記が揺れているか、マージした後の実数がどれくらいになるか、ご想像いただけるだろうか。

私の会社は法人営業の見込み客の管理を代行するアウトソーシングビジネスを2年前から展開している。きちんと機密保持契約を交わしたクライアントの見込み客データを預かってメンテナンスしてみると、データの件数が当初の半分以下になってしまうことも珍しくない。単純に重複していたデータをマージし、存在しない企業(山一證券など)や、競合企業をパージ(削除)しただけである。
日本ではこの作業はそれほど煩雑で難しいのだ。

ちなみに、こうしたリスト管理作業をもし社内で派遣社員などに任せようと思うならSQLが書けるレベルのプログラマーか、アクセスやファイルメーカーなどの上級者が必要になってくるので時間給で3000円、月額で60〜70万円をデータ管理費として予算化しなければならない。
こうした予算や外部業者の手配をしていなかったために、この作業を社内の社員にやらせているケースは意外に多く、人件費の高いエリート社員が毎日不達メールや配信停止依頼のフラグ立てを行っている企業も少なくない。

アクセスやファイルメーカーを使える事が上司にばれてしまったばかりに、この作業を押し付けられてイベントの度に徹夜でフラグ立てをしている不運な若手社員が沢山いるのだ。それでも、データベースをきちんとユニークな状態に維持することは難しく、配信拒否のフラグを立てたつもりが漏れていたりする。その結果彼らの健闘むなしく、メールの配信事故が起こってしまう・・・。
SFAが止められる直接の原因の多くはこのようなメール配信やラベル出力の際の事故なのである。

さらに最悪なのは、少数しかいないマーケティングスタッフがこうした「作業」に追われて「企画を考える」「キャンペーンのディレクションを行う」「セミナーやイベントのコンテンツを考える」という本来の業務が出来なくなってしまうことである。

優秀なマーケティングスタッフを抱えながら、その「頭」では無く「手足」に給与を払っている企業が本当に多いのが、これでは本末転倒で絶対に避けるべきだと私は考える。こうしたさまざまな理由でSFAの導入と運用はなかなかうまくいかないのだが、さらに本質的な問題として【3.そもそも売る側が理解不足のまま販売している】という悲しい問題がある。

ある意味もっとも根本的なこのテーマについては次回に書いてみようと思う。