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2006.04.10

マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷6[花の駅伝2区!]

出典:PowerBiz / 庭山一郎

「見込み客リストを集める」というマーケティングの前工程は、箱根駅伝に例えると第1区に過ぎない。 肝心なのは営業にホットニーズを渡すまでの後工程。地味だが難易度の高い「花の第2区」をどのように戦うか、その醍醐味に触れてみました。

箱根大学駅伝では第2区は最も華々しい注目区間であり、昔から「花の2区」と呼ばれてきた。鶴見から戸塚まで距離も長く、2つの難所「権太坂」と「ラスト3キロの上り」がある。各大学はここにエースクラスを投入し、この区間で激戦を戦った選手からオリンピックで活躍するマラソンランナーも多数出ている。

一方、法人営業のマーケティングではこの第2区は、地味で誰もその存在や必要性を理解してくれない寂しい区間である。それでいて実は非常に難度が高く、駅伝と同じように距離が長い上に、見込み客リストを「整えて貯める」と、「コミュニケーションする」という2つの難所があってマーケティング部門を苦しめているのだ。

第1区でどんなに頑張っても、第3区にいかに強力なランナーを配置しても、第2区でタスキが途切れてしまっては何もならない。その結果、そもそも第1区、つまり展示会に出展して名刺やアンケートを集めることが本当に必要なのか、という疑問の声が各社で出ている。展示会の予算を確保できず、毎年出展していた展示会に今年は出られない、という企業も多いのだ。
なぜ、展示会で集めた名刺やアンケートを活用できないのか?
それは見込み客リストが、駅伝のタスキのようにきちんと繋がっていないことが原因である。

展示会に出展する目的は大きく分けて2つある。ひとつはブランディング。つまり元気であることを証明することである。このために立派なブースを設計し、オーディションでコンパニオンを選び、プロモーションビデオを制作し、ナレーションのスクリプトを変えてはリハーサルを繰り返す。
もう一つの目的は「見込み客リスト」を集める事である。
これはリードジェネレーションと呼ばれる工程でデータベースマーケティングを駅伝に例えれば第1区にあたる。

第1区の特徴は、部門の予算と担当者の体力を著しく消耗することだ。
半年前から本格的に企画が始まり、2ケ月前からは集客キャンペーンがスタートする。そして一週間前になるとほとんど徹夜が続き、当日早朝の最終リハーサルの頃には担当者はほとんど緊張感だけで立っている状態である。

だからイベントの最終日の打ち上げのビールは本当に美味しいし、その晩は泥のように眠ってしまう人が普通だろう。
しかし忘れてはならないのが、これは「集める」という第1区に過ぎないということだ。販売推進や営業企画と呼ばれるプロダクトマーケティング部門のミッションは、これを第3区走者である「営業部門」に繋げるまでである。

そのためにはこの第2区で、第1区で集めた見込み客のリストを「集める」「整える」「貯める」「コミュニケーションしながらランクアップさせ、絞り込む」という工程を繋いでいかねば、その次の第3区のミッションである「営業スタッフがホットニーズに対してピンポイントでアプローチする」ということができない。重複が多く、競合会社や自社のグループ企業の社員がたくさん混入しているリストなどを渡された営業がマーケティング部門に不信感を持ち、展示会の出展など意味がないと考えるのは当たり前である。これが、タスキが繋がっていない「負のメカニズム」なのだ。

この光景を俯瞰的に見れば、「マーケティング」という名の第1走者が息を切らして走ってきた時に中継地点に第2走者はおらず、一方遥か彼方に「営業」という名の第3走者がなぜタスキがちゃんと運ばれてこないのかを理解できずに不機嫌な顔をしながら待っている、という悲しい構図なのだ。
しかも中継地点にいない第2走者の走るべき第2区は、誰からも注目されず存在感のない区間のくせに実は最も難易度が高く、ここを走りぬくことは極めて難しいのだ。
極論すれば、今多くの企業が展示会等で集めたアンケートや名刺のリストを活用できないのはこの第2区をまともに走れていないからなのだ。

先に書いたように、この難コースの第2区には、第1区で「集めた」見込み客リストを【整えて貯める】【コミュニケーションする】という大きく分けて2つの山場がある。最初の難関は「整えて貯める」で、ここで多くの企業は挫折している。なぜ挫折するのか・・・。

あまり知られていないことなのだが、実は日本の法人の見込み客データの管理は世界で一番難しいと言っても過言ではない。原因は複雑怪奇で世界でも例を見ない言語体系にある。
住所や社名に漢字・カタカナ・ひらがな・ローマ字などを組み合わせて使い、それが時と人によって揺れる・・・という特徴を持っている。
この「整えて貯める」という工程はではデータベースの中に複数存在する同一人物を一名に名寄せ(マージ)することと、本来その会社の見込み客データベースにいてはいけない人を削除(パージ)することを追求する工程である。

このマージ&パージが日本の法人データではいかに難しいか例をあげて説明しよう。
例えば住所表記の場合、私の会社の住所は「東京都千代田区カンダ神保町2―6―4」である。しかしこの番地表示は正式には「二丁目6番4号」となる。何故か日本では丁目の表記には漢字数字を使うのだ。
これに「2丁目6番4号」という近似表記が絡み、さらに略式表記の「2―6―4」が全角・半角などで多数住所表記だけではない、名前はさらに難敵。

こんな会社がある。渡邉さんという人がいて、この人は数年前まで名刺上「渡辺」だったのだが」、昨年部長に昇格したのを機に自分の本当の字である「渡邉」を名刺に使い出したのだ。

そしてこの渡邉部長さんはセミナーに参加した時の手書きアンケートではお名前の欄に「渡辺」と記入する。困るのはこの渡邉さんをデータベースに登録している会社だ。「渡辺課長」「渡邉部長」「渡辺部長」が混在してどれに統一して良いか判らない。このまま管理するとDMを出せば3通届いてしまうし、E-mailを配信すれば配信停止のフラグをどれに立てたら良いのか判らない・・・。
笑い話のようだが、渡邉の「邉」だけでなく、斎藤の「斎」、高田の「高」など表記が揺れる字は意外に多く、コンピュータには同姓同名か異性同名かの判断はつかない。

さらに社名の問題がある。前株、後株など単純な記入ミスまで入れると、ひとつ会社が20通り以上の表記をされているケースは少なくない。特にグループ企業を多く抱えている場合、曖昧検索機能も使えないことが多いのだ。

こうして社名も住所も名前も名寄せができないままデータベースに登録することで、セミナー案内を競合に出してしまう、資料請求が同じ企業グループから来る、DMを複数出してしまい訪問した営業先で皮肉を言われる、メール配信で配信停止に対応できずクレームが絶えない・・・という状況になり、データの使用を禁じられることでメンテナンスが止まり、データベースマーケティングは一巻の終わり・・・となってしまうのだ。多くの企業が第2区の前半の山場である「整えて貯める」という難関を越えられず姿を消すのはこうした理由なのである。

またここには各社固有の問題が入ってくる。
例えば、展示会などで集めた見込み客リストの場合、まだ担当する営業は付いていないのが普通だから、集めた時点での肩書きや部署の情報は、その後担当営業がつくまでメンテナンスすることが出来ない。
つまり、課長が部長になっても、常務が専務になっても、其の情報を誰かが更新しない限り課長や常務のままなのだ。

だから見込み客とのコミュニケーションでは肩書きなどは使わない方が良いのだが、企業によっては封書の宛名には部署と肩書きを入れることをルールしているところもあり、またE-Mailでも名前を差し込むことをルールにしている企業もある。
中には持っている法人リスト全件に年2〜3回与信情報を加えて更新するという企業もあり、気持ちはわかるが第2区の時点ではあまりにも無駄なので、取締役にお願いしてルールを変えていただいた企業もある。

与信情報は確かに重要に違いないが、その出番は第2区ではなく、もっとずっと先の、第3区のラストスパートあたり、つまり営業が支払い条件を詰める時、あるいは最終の見積もりを出すタイミングである。絞り込む前のなんの反応も示さないクールな見込み客の与信情報を更新したところで誰にとってもなんの意味も無いだろう。

どの時点でどんな情報を管理するかは、そのことがどんなに危険を内在し、どれ程のコストや時間を食っているかをきちんと明確にした上で検討すること。これを基にそれぞれのフェーズでデータ管理ポリシーを決めないと、どこまでやってもきりがないのだ。

そして最もやっかいなテーマは、顧客と見込み客との分け方である。
例えばコンピュータソフトウェアの業界では旧バージョンのユーザーは新バージョンにとっては最有望見込み客だし、産業機械で言えば、ある機械のユーザーだけが、その機会専用のアタッチメントの見込み客ということは普通にある。また工場建設に関わるプラントメーカーや建設業にとって、そもそも1社が発注してくれる間隔は5〜10年くらいでも珍しいことではなく、9年間まったく発注がなくても顧客ということになる。ここをどう管理するかが難しいのだ。

弊社のクライアントの例で言えば、見込み客データベースを【コミュニケーションデータベース】と位置づけ、アウトバウンド、つまりメール配信やFax配信、DMのためのラベル出力などと、その結果である不達や配信停止依頼などのメンテナンスをこの【コミュニケーションデータベース】で一元化している。
見込み客情報と顧客情報では本来持つべきデータ項目が全く違うし、メンテナンスの精度や求めるレベルが異なるので、これを強引にSFAのようなソリューションで一元管理しても日本ではまずうまくいかない。現実的には「コミュニケーション」という目的で絞って一元化してしまう方が合理的なのだ。

こうした難関をいくつもクリアして第2区の前半の山場である「整えて貯める」を乗り越えると、次に出てくるのが「コミュニケーション」という名の後半の山場である。
もしここで苦戦している企業があれば、それは前半の山場を乗り越えた数少ない企業であるということの証明であり、もう一つの山越えればそこには第3走者が元気に待っていることを示している。まさにラストスパートの時なのだ。

言うまでもなく、企業のマーケティング活動の目的は売上げを上げることであり、その目的のために、社内・外の営業チーム今最もニーズがあるホットリストを定期的に渡してあげること、つまり展示会などで集めた大量のリストを、コミュニケーションを通して絞りこんでいくことが重要である。
受注し、契約するまでを担当する第3区を走る営業部門にタスキ、つまり「有望見込み客リスト」(ホットリスト)を渡さなければ、第1区からのタスキが繋がったことにはならないのだ。

有望見込み客を絞り込む方法は、相手のニーズを探るためのコミュニケーションしかない。それも展示会場でのアンケートのように始めからバイアスをかけて見なければならないようなものではまったく役に立たない。出来るだけ自然な行動から、その人が今何に関心があり、どんな情報を追っているのか、を解析して絞り込んでいかなければ、結局営業が訪問しても案件がないということになってしまう。

ではどんなコミュニケーションならそういう絞込み、ランクアップさせることが出来るのか。
繰り返すが営業に必要なのは「今」ある問題を抱えている人、あるテーマで情報を集めている人、あるテーマの導入や失敗の事例を熱心に読んでいる人である。
これを絞り出すことこそマーケティングの醍醐味であり、マーケターが最もクリエイティビティを発揮する時なのだ。ここで最高のパフォーマンスを出すために、その前工程を細かくやっていると言っても過言ではない。あのヘビーな展示会さえ、この「絞り込む」工程からみれば「仕込み」に過ぎない。

データベースとインターネットが出会う前は、マーケターはあるデータを表計算ソフトに展開して、重回帰分析やクラスター分析、などの多変量解析を繰り返して「仮説」と「検証」を重ねながらある特定のターゲット群を探し出していた。
あるいは複数のサーバに分散しているデータをOLAPと呼ばれるツールを使ってオンラインで分析したり、仮説を立てられないような意外性を求めてデータマイニングにチャレンジしたりしていた。
しかし今ではそれがインタラクティブ(双方向性)なコミュニケーションで瞬時に行えるようになったのだ。

熟練の釣り名人が海水の温度や潮の流れ、季節や海底の地形などを「読んで」おもりや糸の長さ、餌などの「仕掛け」を調整して大物を釣り上げるように、マーケターもテーマやキーワードなどのコンテンツを表現も含めて吟味し、情報として発信し、その反応を待つのだ。

例えばソリューションや産業機材の導入失敗事例や、困っている人の事例などのテーマに反応した見込み客がいて、その抱えていると予想される問題が自分たちの販売している機材やソフト、サービスなどで解決できるなら、その反応した人達は有望見込み客と認識して良いだろう。ホットニーズとして、ある程度の情報を添付して一刻も早く社内の営業チームや代理店の営業チームに渡し、追ってもらわなくてはならない。

第2区の後半の山場である「コミュニケーション」を制するのは「コンテンツの質」とそれを小出しに出していく表現のテクニック、つまりマーケティングオリエンテッドなコンテンツマネージメントなのだ。 ここで良質のコミュニケーションができていないとしたらその理由は組織的な問題にあることが多い。

つまり少ない人数のマーケティング部門のスタッフが展示会からセミナー企画、商品パンフレットの制作、Webのメンテナンス、そしてメールマガジンまで担当しているので、コンテンツの質の向上まで手が回らないのだ。これが展示会からセミナーまでの多大なお金と労力を無駄にしている最大のポイントである。コンテンツの質を上げ、見込み客と高度なオンラインコミュニケーションを展開することから考えると、配信停止リストにフラグを立てたり、名寄せ(マージ)をしたりする仕事はプロにアウトソーシングすべき仕事である。

それよりも、クライアントや同僚、代理店や、稼ぎ頭の営業スタッフに張り巡らした情報ネットワークと累積したデータを分析し、豊かな感性から導き出されるキーワードを紡いでターゲットとコミュニケーションを展開し、特定のニーズを探りだしていくという活動に、持てる時間とリソースを集中投下すべきだと私は思う。

このコラムの最初に「マーケティングはこの世で最も素敵な仕事のひとつ」と書かせていただいた。クリエイティブ(創造性)とサイエンス(科学)とテクノロジー(技術)が実務の中でここまで融合した仕事が他にいくつあるだろうか・・・。 だから、今は地味でも誰も存在すら気づかないこの工程で毎日戦っている現場のマーケターの人達に心からエールを贈りたいし、胸を張ってこのすばらしい仕事を楽しんで欲しいと思う。

もちろん私自身も、私の会社もこの第2区のランナーのひとりなのだ。だから一緒に楽しみましょう。