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2008.08.22

ノヤン先生ニューヨークへ行く 3

DMA(ダイレクトマーケティング協会)の会員しか入れない「ライブラリー」で15年前のノヤン先生を虜にした本場のマーケティングとは?

さて、NY出張報告の最終回はDMA(Direct Marketing Association:ダイレクトマーケティング協会)の本部を訪問した話をしようかの。

DMAの公式サイトはこちらから

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DMAは、1917年に設立され、世界47ヶ国に4000社近い会員を持つダイレクトマーケティングに関する世界最大の団体なんじゃ。じゃから、DMAが毎年選出する「エコー」と呼ばれるマーケティングアワードには権威があるんじゃよ。

それにしても、1917年といえばロシア革命の年なんじゃよ。そんな90年以上も昔にダイレクトマーケティング協会が設立されたというアメリカのマーケティングの歴史は大したもんじゃの。
ダイレクトマーケティングにおいて現在の日本は、アメリカと比較してBtoCで10年、BtoBで15年以上も遅れていると言われておるんじゃが、この歴史を見れば納得するしかないんじゃ。

アメリカ街(Avenue of the Americas)と呼ばれる6th Aveに面したDMAの本部が入居している大きなビルに入ると、1階にビル全体の受付があるんじゃが、そこで身分証明書を出さないと入館できないんじゃ。アメリカ人はソーシャルセキュリティのカードを携帯しているのでそれを見せるケースが多く、外国人はやはりパスポートが必要なんじゃ。そして係員がパスポートをチェックしている間に受付のカウンターに置いてある小型カメラで顔写真をパシャリと撮られるんじゃ。すると、アッという間に顔写真とID番号と訪問先の印字されたバーコード入りの入館カードが作成されるという訳なんじゃよ。これをゲートのセンサーに読ませないとそこから先には進めないし、ビルから出ることも出来ないんじゃ。

近頃は日本でもセキュリティの厳しいビルは在るんじゃが、それでも受付で本人確認のために名刺を2枚提示させたり、免許証などの提示を求めるくらいで、さすがに問答無用で顔写真を撮影するビルはまだ聞いたこともないわな。ここまでしないとデータや人命を守れない、という悲しい現実を垣間見る思いじゃよ。でも日本もいずれここまで行くじゃろうな。入館カードにRFIDが実装されてビル内の移動経路まで監視するようになって欲しくはないと願っておるんじゃがな。そうなれば、おちおちトイレにも行けないからの。

さて、ワシはNYに来たときには出来るだけ時間を作って、このDMAの本部に来ることにしておるんじゃ。その目的はここの「ライブラリー」なんじゃよ。今は「グローバル・ナレッジ・ネットワークセンター(Global Knowledge Network Center)」と名前を変えたんじゃが、ここのライブラリーは本当に凄いんじゃ。過去のダイレクトマーケティングキャンペーンの事例が業界別にズラリと並んでおるんじゃよ。

それも、「どういう製品」の「どんなキャンペーン」を「どんな検索条件で抽出したターゲットリスト」に対して、「どういうチャネル(DM・FAX・TEL など)」で、「何人に配信」し、「何人が反応」し、「何人がいくら購入」したか、が全て詳細に記述してあるんじゃ。もちろん、DMならばそのサンプルも在るし、そのキャンペーンを請負ったダイレクトマーケティング・エージェンシーや、担当ディレクター、デザイナー、コピーライターなどの名前や、費用対効果の数値検証までレポートしてあるんじゃ。

例えば、あるコンサルティングファームが高級リゾート地で大手企業の経営者を対象にしたエグゼクティブ・セミナーを開催した時に、どうやってターゲットリストを作り、どんな招待状を出し、どんな参加申し込み方法を採用し、何通送付して、何人が申し込んだのか、その高級感が漂う招待状の制作にいくら掛かったか、などが手に取るように判るんじゃ。セミナーの参加記念に全員に贈られたバカラの花瓶の写真まで掲載されておったんじゃよ。

IT関係で言えば、バックアップシステムのバージョンアップに関するキャンペーンでは、自社の旧バージョンからのアップグレード促進に成功したキャンペーンの詳細がレポートされておったんじゃ。アップグレードのメリットを表現したDMの表面に対して、裏面では旧バージョンのサポート打ち切りや、機能の制限などアップグレードしないことのデメリットもしっかり表現していて、まさに「脅したりすかしたり」という内容だったんじゃ。このコンテンツはBtoBのIT専門チームが制作しておったの。

損害保険の大手ブローカーは、自社の保険のトータルサポートがクライアントの保険料をどれ程引き下げて、かつリスクをどれ程軽減したかを表現するいくつかの事例をヘビーローテーションと呼ばれる手法を使って、5回シリーズのDMでターゲットに伝えるんじゃが、5回全てのDMの実物見本と、その返信率、資料請求率などが詳細にレポートしてあるんじゃ。ストーリー性を持った5回のDMで何件の案件を創出し、そのトータルコストを創出した案件で割った、コスト・パー・インクワイアリー(案件創出単価)までが記述されておったんじゃ。

面白かったのは、何かの都合で長期休業していた広告代理店が、業務を再開する時に、かつてのクライアント企業の経営幹部に対して行ったキャンペーンじゃ。そのDMはバスケット選手がダンクシュートを決めている写真の顔だけをその広告代理店の社長の顔に置き換えて、その口から炎のような吹き出しに「I'm back!」と書いてあったんじゃ。そして写真の下に「俺は帰ってきた、だから仕事をくれ!」というコピーがあったんじゃよ。大手企業の経営幹部向けのキャンペーンとは思えないそのDMの返信率は、びっくりする程高かったんじゃ。ストレートなメッセージは届くものじゃわい、とそれを見て学んだんじゃ。

その他にも、有名百貨店がオンラインビジネスを開始するときの告知キャンペーンや、カーディーラーが他メーカーへスイッチを防ぐために企画したキャンペーン、PCメーカーがオンラインでプリンターやアプリケーションのクロスセルを仕掛けたキャンペーンなど、本当に多くの生きた事例をこのライブラリーで学ぶことが出来たんじゃ。

ロックフェラーセンターから見たセントラルパーク

ロックフェラーセンターから見たセントラルパーク

今はその大半が電子化されてデータベースになっておるが、ワシがせっせと通った1990年代は全部紙のファイルで年代別、業種別でズラリと保管してあったので、その棚は本当に壮観だったんじゃ。しかもその中には、その年の「DMAエコー」と呼ばれるアワードの受賞作品などもあって、そうした最先端事例を見ることは何よりの勉強になったもんじゃよ。
ワシはNY出張のたびに、時間を作って会員しか入れないそのライブラリーにこもって、いろいろな業種・業態のキャンペーンのレポートファイルを片っ端から読んだもんじゃ。時間が経つのも気付かない程に夢中じゃったことを覚えておるわい。

そうした事例を見ていると、日本のダイレクトマーケティングがアメリカに追いつくことなんてありえない、と思えたもんじゃ。はるか先を行っている上に、進化のスピードも速いのじゃから、追いつけるはずが無い、と思えたんじゃな。実を言えばこの頃は東京を引き払ってアメリカに移住しようかと本気で考えていたんじゃ。日本にいてはこっちの連中との差が開く一方だと思ったんじゃよ。それよりも本場のど真ん中に移住して、世界の最先端で勝負したい、と考えたんじゃな。

でも、結局そうはしなかったんじゃ。考え方を変えたきっかけは、このDMAのライブラリーで調べものをしていた時のちょっとした雑談だったんじゃよ。

アメリカのマーケティングの設計があまりに緻密で合理的なのに圧倒されたワシは、悔し紛れに一緒にいたアメリカ人の友人に言ってやったんじゃ。「今でこそ15年も20年も遅れているが、300年前は日本のダイレクトマーケティングは世界の最高レベルだったんじゃい!」とな。富山の薬売りのことが頭に在ったんじゃ。その時は本当に悔し紛れに言っただけで、富山の薬売りのことを詳しく知っていた訳ではなかったんじゃ。しかしその後、日本に戻って江戸時代の富山の薬売り達が大福帳を使って実際に行っていた顧客管理法を調べている内に、本当に凄いレベルでやっていたことを知ったんじゃ。

そこで半年後に再びNYを訪問した時に、またDMAのライブラリーで大福帳のコピーを友人に見せたんじゃ。「ここがファミリーのプロファイル、ここが個人のプロファイルで病歴がこれ、そしてここが購買履歴・・・」と説明したんじゃよ。友人と、同席していたDMAの職員は本当にビックリしておったんじゃ。「本当に日本でこれを300年前にやっていたのか?これは完全なCRMではないか?」と何度も聞かれたもんじゃよ。ワシは富山の薬売りの子孫でも何でもないんじゃが、その時は本当に鼻が高かったんじゃ。まぁ、300年前にはアメリカ合衆国という国自体が未だ存在しないのじゃから、彼らが驚くのも無理はないんじゃがな。

そして思ったんじゃよ。「日本から世界のトップを目指そう」とな。NYに来ればアメリカの最先端に追いつけるかもしれんが、超えることは難しいと思ったんじゃ。でも、日本に居て、独自のマーケティングを研究し続ければ、いつの日か彼らを超えることが出来る、と直感的に思ったんじゃ。もう15年も前のことじゃ。DMAのライブラリーにはそんな思い出もあるんじゃ。懐かしいの。

受付の女性が電話を取る 「DMA♪May I help you?」という元気の良い声を聞きながら、受付を通って海外会員担当のマネージャーの部屋に行って2時間ほどのミーティングを持ったんじゃ。
その時、ワシはまず文句を言ったんじゃよ。というのも、最近DMAが開発したメンバー専用のベンダーデータベースが使い勝手が悪いんじゃ。まるで素人が作ったようなデータベースで、複合検索機能がまるでへなちょこなんじゃ。日本からアクセスして何度も「なんじゃいこりゃ」と思っていたので、そのことを指摘すると「そうなんですよ、あのデータベースはお馬鹿なんです」だそうな。ダイレクトマーケティングの総本山がこれではダメじゃろうに・・・まったくとほほじゃわい。

それとワシにとって困った問題は、やはりDMAという団体自体の方向性がどうも益々BtoCに偏っていることなんじゃ。もともと車や洋服、家具などBtoCの方がプロジェクトの数も多く、予算規模も大きいのは理解しているんじゃが、BtoBを専門に研究しているワシにとっては、以前にも増してBtoC寄りになっているような気がするんじゃな。
それに関しては会員担当のマネージャーは、決してBtoBを軽視はしていないし、今後も力を入れている、と明確に否定していたんじゃが・・・。しかしBtoBの事例を公開しにくいのはアメリカも日本も同じらしく、資料や書籍の量から見てもやはりBtoCが圧倒的に多いのが現実なんじゃな。DMAのライブラリーでもそれは同じで、BtoBの事例ファイルは数が少ないんじゃ。

でも、そのマネージャーはアメリカのBtoBの事情や、最近のトレンド、活躍している会社などを本当に親切に教えてくれたんじゃ。アメリカ人のよそ者に対するフレンドリーさにはいつも頭が下がるわい。ワシがアメリカを大好きな理由はこれなんじゃ。

ブライアントパーク

ブライアントパーク

ミーティングの後、ワシはDMA本部ビルを後にして、隣にあるブライアントパークという美しい公園に行ったんじゃ。ニューヨーク市立図書館に隣接するこの公園には有名なサンドイッチショップやレストランも在って、昼時ともなれば公園の中にぎっしり並んだテーブルは食事をしたり、コーヒーを飲みながら本を読んだりするビジネスパーソンでいっぱいになるんじゃ。マンハッタンの中でもワシの大好きな場所のひとつなんじゃよ。

夕方の公園のベンチにひとり座って、ワシはDMAのライブラリーに通っていた頃を思い出していたんじゃ。
そして、「未だアメリカを超えてはいないなぁ・・・」と改めて思ったんじゃ。でも後姿さえまったく見えなかったあの頃に比べれば、今は世界のトップが確実に射程距離に入っているんじゃ。焦らずにひとつひとつ創っていくしかないんじゃな。

今回も収穫の多い、良い出張じゃったわい。

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