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2009.08.21

セオドア・レビット 偉大なるマーケティング界の巨人

「マーケティング近視眼」の論文で知られる偉大なマーケター、セオドア・レビット。彼の功績は、今日のマーケティングにも多大な影響を与えています。

今日はセオドア・レビット(T・レビット)という偉大なマーケターの話をしようかの。
今の日本の若いビジネスパーソンにマーケティングの学者の名前を尋ねれば「フィリップ・コトラー」「デビット・アーカー」「ジェフリー・ムーア」などの名前が挙がるじゃろう。経営者に聞けば、これに経営学の大家「ピーター・ドラッカー」や戦略論の「マイケル・ポーター」が入るかもしれんの。みなそれぞれに偉大な学者で研究者なのじゃが、ワシは現代のマーケティングに最も影響を与えた人は誰か、と聞かれれば最初に挙げるのはセオドア・レビット博士(以下 レビット博士)なんじゃな。

1925年にドイツで生まれたレビット博士は、アメリカに移住し、カリフォルニアの大学を卒業した後、いくつかの大学や大学院を経て1959年に30歳代の若さでハーバード大学大学院(ビジネススクール)の講師になったんじゃ。
その翌年の1960年には経営におけるマーケティングの重要性を説いて世界に衝撃を与えた論文「マーケティング近視眼」を発表し脚光を浴びたんじゃ。この論文の中でレビット博士は、経営者が自社のマーケットを狭義に定義したことが多くの企業の衰退の原因だと喝破し、経営者にも、顧客の立場、つまりマーケティング的な視座から自社の事業を俯瞰的に見ることが重要だと説いたんじゃ。

さらに、1960年代から80年代に掛けて、「マーケティング発想法」や「レビットのマーケティング思考法」「マーケティング革新」などの代表著作や論文を次々に発表して、世界のマーケティング界に不動の地位を築いたんじゃよ。

レビット博士の大きな功績のひとつは、その多くの著書の中で「製造業のサービス化」を予言し、その道を照らしたことじゃろう。
著書や論文の中で繰り返し述べているのは、製造業にとってサービスは製品の「おまけ」ではない、ということなんじゃ。コンピュータメーカーが、顧客企業のためにコンピュータを設置したり、ソフトをインストールしたり、データを入力したりすることは、当時のメーカーにしてみたら製品を買ってもらうための「おまけ」であり、二次的なものだったんじゃ。しかしレビット博士はこの主役と脇役の関係がやがて逆転することを見通しておったんじゃな。

ゼネラル・エレクトリック(GE)がジャック・ウェルチ会長によって製造業からサービス業に転換して大成功するはるか以前の1960年代から「ほとんどの工業製品の中核的価値はサービスによってもたらされる」と説いておるんじゃよ。
今ではIBMの情報システム部門そのもののアウトソーシング事業をはじめとして、製造業のサービス化への潮流は世界的な必然になっておるし、ハードウェアメーカーもソフトウェアメーカーも「クラウド」の大合唱なんじゃが、これを50年も前に言い当てているんじゃ。まったくどういう洞察力をしておるのかの。

また、特に60年代、70年代の著作では舌鋒鋭く経営や商品開発やマーケティングの既成概念を批判しているんじゃよ。
アイデアだけを重視し「創造性だけが成功の鍵」と言っている人々を「実行力がないアイデアはイノベーションにはならない」とこき下ろしたり、イミテーション(模倣)を肯定的に解釈し、IBMやテキサス・インスツルメンツなどの世界の多くの優良企業も最初は模倣者として市場に参入して大成功を収めた、と事例を引いて説明してくれているんじゃ。
イノベーションこそ最高の経営戦略と信じている経営者にとっては頭から冷や水を浴びせられた思いがしたことじゃろうて。

ワシにとって最も印象的な論文は、1983年に発表した「After the Sales is Over・・・」というタイトルのものじゃな。この論文の中で、契約や発注書は顧客との長い関係の最初の一歩、つまり始まりであり、その後の顧客とのリレーションが企業の明暗を分ける、として「企業の最も重要な資産は顧客リレーションである」と説いておるんじゃ。これによって顧客情報管理の重要性、顧客との関係をデータベース化しようという考え方が一気に広まり、今に続くCRMやSFAへの流れが出来たんじゃ。
ワシらが今取り組んでいるデータベースマーケティングに繋がる偉大な足跡を残した人なんじゃよ。

レビット博士はよくノースウェスタン大学のフィリップ・コトラー博士と比較されるんじゃ。マーケティング界の2大巨匠などと言う人もいるからの。
しかしこの2人の著作を読むと、マーケティングへのアプローチや個性がまったく違うことに気が付くじゃろう。
コトラー博士の方は、編纂家として偉大な貢献をした人じゃとワシは考えておるんじゃ。多くのマーケティングの学者や実務家の論文や戦術を体系化し、精緻にまとめてマーケティングの百科事典といえるものを編纂し続けている人なんじゃ。
じゃからコトラー博士の本を読むと眠くなるんじゃよ。誰でも百科事典を読んでおれば眠くなるじゃろう。

それに対して、レビット博士は独創的な発想と、文学者のような表現力が特徴なんじゃ。
ユーモアと適度な「毒」を含んだ文体は小説のように面白く、特に事例の使い方や比喩に秀でているので思わず引き込まれ、眠くなるのも忘れて一気に読んでしまうのがレビット博士の著作の特徴なんじゃよ。
レビット博士の文章を読んでいると引用される言葉の出典に驚くことがあるんじゃ。普通はマーケティングの論文であれば、経済学者とか統計学者、心理学者、経営者などの言葉や文章を引用するもんじゃが、レビット博士の場合は「キャッツ」の原作者としても有名なT・エリオットのような詩人であったり、文学者であったり、恐らく一般人の友人であったりするんじゃ。
思うに、レビット博士程の洞察力と独創性がある人には、既存の学説や統計データではなく、この世のありとあらゆるものが比喩の対象になるんじゃろうな。

以前ワシが連載していた【interneto.com】の中で「ドリルを買う人が欲しいのは「穴」である」というタイトルのコラムを書いたことがあるんじゃ。
これもレビット博士の著作からの引用なのじゃが、正しく引用すると、「昨年、4分の1インチ・ドリルが100万個売れたが、これは人びとが4分の1インチ・ドリルを欲したからでなく、4分の1インチの穴を欲したから」というもので、1968年に発表した「マーケティング発想法」という本が出典なんじゃよ。
ドリルを買いに来た人に最適のドリルを選んであげるには、いくつかのドリルのスペックを完璧に説明すれば良いというものではなく、ドリルで開けたい穴について、穴を開ける素材や形状、その目的、ドリルを使う人のことなどを丁寧に聞く必要があるじゃろ。これはともすればプロダクトアウト(売り手都合)になりがちなマーケターの思考回路をチェックし、マーケットイン(買い手都合)に転換するには非常に効果的な問いかけなんじゃ。
ワシはこの格言を「マーケティングの世界で最も重要な格言のひとつ」と考えておるんじゃよ。
実はこの言葉自体はレビット博士の言葉ではないんじゃ。レオ・マックギブナという人の言葉をレビット博士がその著書の中で紹介したものなんじゃよ。
しかしこの「マーケティング発想法」が経済関連の本としては異例のベストセラーとなって世界中の言葉に翻訳され、以後40年以上も語り継がれるマーケティングの最も重要な格言のひとつになったんじゃな。

マーケティングに偉大な足跡を刻んだセオドア・レビット博士は、長いキャリアを過ごしたハーバード大学を1990年に退官し、2006年の6月28日にマサチューセッツ州の自宅で亡くなったんじゃ。

赤城山の中腹の森から、蜃気楼のように揺れる東京の摩天楼を眺めながら、偉大なマーケターの冥福を祈るわい。

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