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2010.03.25

T・レビット博士のホールプロダクト戦略 2─IBMとマイクロソフトの戦略から

コアプロダクトのスペックでは勝っていたのに・・・。そんな事例はたくさんあります。マジョリティ市場を制するものはホールプロダクトの質と量です。各社の戦いの歴史から学びましょう。

前回解説した通り、ジェフリー・ムーアは名著「キャズム」の中で、イノベーションのベルカーブホールプロダクトの関係について、製品やサービスがキャズムを超えてマジョリティマーケット(主要市場)に入ってくるに従って、ホールプロダクトは同心円のより外側で勝負が決まってくると考察しておるんじゃ。

イノベーションのベルカーブ

ホールプロダクトつまり、初期市場を支配しているテクノロジーマニアたちに対してはコアプロダクトだけでも十分に勝負できるが、マジョリティと呼ばれる主要市場を支配している保守的な人たちに対しては、勝敗の鍵を握るのはコアプロダクトの機能やスペックよりも、むしろ周辺の期待プロダクトや拡張プロダクトの量と質になる、ということなんじゃ。彼ら実利主義者は自分たちで「実現したい事」を可能にするためのホールプロダクトを作るなどということはしないからの。

さて、今日はこのホールプロダクトの構築戦略のいくつかのスタイルを事例で見てみようかの。

ソニーと松下のビデオ戦争

ホールプロダクト戦略の重要さを日本で印象付けた代表的な事例は、1980年前後に起こったビデオ戦争じゃな。
実はこの事例は、ホールプロダクト戦略が環境条件の変化に対応できなかった、という例なんじゃ。ホールプロダクトを揃える際に、その前提となるユーザーの目的、つまりそれを購入して「実現したい事」が想定外に移行してしまった時は、基本戦略を再構築しないとダメだという事例じゃな。

ソニーを中心とするベータ陣営と、パナソニック(当時は松下電器)を中心とするVHS陣営で、当時普及し始めた家庭用ビデオデッキのシェアを奪い合っていたんじゃ。ソニーにはトリニトロンで築いたオーディオビジュアル分野での強力なブランドが有り、パナソニックには強力な販売網があったんじゃ。
コアプロダクトとしてのビデオデッキのスペックはベータの方が上だったんじゃ。ソニーらしく録画時間を犠牲にしてまで画質に拘った規格じゃったし、ビデオカセットも一回り小さかったんじゃ。
この新しい製品が市場に投入されると真っ先に飛びついた初期市場のテクノロジーマニアたちはソニーの技術を絶賛したんじゃ。じゃから、この戦争はソニー陣営に凱歌が上がると考えられていたんじゃよ。
しかし、結果は違うものになったんじゃ。数年後にはベータはすっかり市場から姿を消してしまったんじゃよ。

初期市場のテクノロジーマニアたちは、音楽で言えばアンプやスピーカーやデッキを別々のメーカーの個性ある製品を購入して自分で設置して配線し、細かくチューニングして自分の好みの「音」を楽しむような人たちじゃ。しかし、製品が普及してきて、マジョリティ市場に入ってくると、そこにいるユーザーは、購入して自宅に置いたらすぐに良い音楽を聴きたい、という人なんじゃ。もちろんチューニングなんてしないし、スピーカーによって微妙に異なる音質には拘らない人たちなんじゃよ。
このマジョリティ市場の人たちが欲しがるのはコアプロダクトのスペックではなくて、どれだけ豊富で使い勝手が良いホールプロダクトが揃っているか、ということなんじゃ。

もし、ビデオデッキを購入した人が「実現したい事」が子供の運動会や、ピアノの発表会をビデオカメラで撮影し、それを家庭のテレビで楽しむ、という想定であれば確かにソニーは十分なホールプロダクトを持っておったんじゃ。ところが、映画業界が収益を確保する目的で、封切後数ヶ月の映画をビデオで発売するようになると、ユーザーがビデオデッキを購入する際の最大の楽しみ、つまり「実現したい事」は、「自宅で映画を観ること」に変わってしまったんじゃ。こうなると前提が違うからホールプロダクトもまったく違ったものになるんじゃよ。

つまり期待プロダクトの中の重要な要素に「レンタルビデオショップに豊富なビデオが揃っていること」が登場するんじゃ。つまりはコンテンツじゃな。
パナソニック陣営はこれに勝利したんじゃ。当時はビデオショップに行けば、同じ映画のVHS版もベータ版も置いてはあったが、その種類は圧倒的にVHSの方が多く、ベータは次第に店のすみに姿を消していったんじゃ。 ベータはその後、テクノロジーマニアの世界、つまりビデオの撮影や編集などのプロフェッショナルの世界で生き延びたんじゃ。

IBMとマイクロソフト

1980年代の始め、コンピュータ業界でメインフレームの覇者として君臨していたIBMが、当時未だ生まれたてだったパーソナルコンピュータ市場に参入した時、彼らはスピードを何より重視したんじゃ。
なにしろ、その市場には当時まだ創業したばかりのAppleという企業が目の覚めるような勢いで成長し、1980年には株式上場を果たしていたんじゃ。巨人IBMとしても無視はできない市場になっていたんじゃな。

その当時IBMはパーソナルコンピュータ用のオペレーティングシステム(OS)を持っていなかったので、未だ小さなベンチャー企業だったマイクロソフトが持っていたMS-DOSというOSをライセンス提供してもらうことで、この市場に製品を投入したんじゃ。
実は元来IBMという企業は多くのBtoB企業がそうであるようにホールプロダクトのほとんどを自社で揃える文化を持つ企業だったんじゃよ。今でも彼らは、ハードウェアも、DB2のようなデータベースも、WebSphereのようなミドルウェアも、Rationalのような開発フレームも、LotusやCognosなどの多くのビジネスアプリケーションも、自社開発するか買収して垂直統合し、顧客企業が「実現したい事」のすべてを自社ブランドで提供する、というカルチャーの企業なんじゃよ。

しかし、このパーソナルコンピュータ市場に参入する時だけ、魔が差したのか、あるいはこの市場はそれ程大きくならないと判断したのか、とにかくパソコンにとってはコアプロダクトの一部か期待プロダクトの最も重要な要素であるOSを他社とのアライアンスという手法で揃えたんじゃ。
この恩恵を受けてマイクロソフトのMS-DOSとその後継OSであるWindowsは、IBM PC/AT互換機と呼ばれて世界中に凄まじい勢いで普及したパーソナルコンピュータのOSとしてデファクトスタンダートになったんじゃ。歴史は面白いの。

マイクロソフトはそのアドバンテージを最大限に使って、このOS上で動くアプリケーションを揃えたんじゃ。これはWindowsをコアプロダクトとした期待プロダクトや拡張プロダクトをせっせと揃えたということなんじゃ。Excel、Word、PowerPointなどのオフィスシリーズや、Windowsに組み込まれたInternet Explorerなどがこれなんじゃ。これらのアプリケーションもそれぞれの分野で圧倒的なシェアになったんじゃよ。

一方のIBMは、大半のユーザーは法人(BtoB)じゃから、パソコンを使う目的はExcelやPowerPointなどのオフィス製品で仕事をすることなんじゃ。つまりOSもアプリケーションもマイクロソフト製品で、IBMはこの市場にハードウェア以外は何も提供できないことになり、しかもそのハードウェアの心臓部のCPUはインテル社の製品じゃから、面白みも何もないビジネスになってしまったんじゃ。結局IBMは2005年にこのビジネスに見切りをつけて中国企業に売却する形で撤退してしまったんじゃよ。
パーソナルコンピュータを市場に投入する時に、スピードを重視するあまりホールプロダクト戦略を軽視したことが明暗を分け、その結果、マイクロソフトが21世紀後半を代表する企業に成長するきっかけを作った、とワシは考えておるんじゃ。

この事例から学ぶことはもうひとつあるんじゃ。
それはホールプロダクト戦略を考えるときは、あくまでマーケットイン、つまりユーザー目線で考えなくてはならないということじゃ。
パソコンのメーカーは、パソコン本体をコアプロダクトと考えるじゃろう。一方マイクロソフトはWindowsというOSをコアプロダクトと思うかもしれん。しかし、ビジネスでコンピュータを使う人にとってはExcelやOutlook、PowerPointなどのビジネスアプリケーションで仕事をすることが「実現したい事」であって、パソコンのメーカーやスペック、使われているCPU、そしてOSはどうでも良いのじゃよ。

つまり、マジョリティ市場にいる人々はオフィス製品が使えればOSなどはどうでも良いということであり、これはマイクロソフトのWindowsでさえ決して安泰ではないことを示しているんじゃよ。

Salesforce.comとApple

他社とのアライアンスでホールプロダクトを揃える、という戦略は元々BtoC企業に多かったんじゃ。
市場が巨大でかつ多様性があるコンシューマ市場では、ホールプロダクトを総て自社で揃えるのは不可能に近い。じゃから強い製品やサービスを持っている企業がアライアンスを組んでホールプロダクトを提供することで競争に勝とうと考えるんじゃ。車にとっての期待プロダクトであるカーナビには他社製品が実装されていることが多いし、タイヤも純正ではなくタイヤメーカーのものを付けているじゃろう。BtoCというのはそういう市場なんじゃ。

しかし、BtoBの世界では、このホールプロダクトは自社で揃えることが基本だったんじゃ。工作機械メーカーは機械本体だけでなく、ユーザーが使うアタッチメントまで作っておるし、計測機器メーカーは、計測機器はもちろん、さまざまな周辺機器や、計測ソフト、測定結果のレポート作成ツールまで揃えて提供しているんじゃ。

そんなBtoB市場に、Salesforce.comがSaaS型のSFAとして登場したんじゃ。SFAは営業案件のプロセスマネージメントツールじゃから、セールスの前工程であるマーケティングで使う大量リストの名寄せやメンテナンス、大量のメール配信、ログ解析からのスコアなどは得意ではないんじゃ。そこを彼らはAppExchangeパートナーというシステム連携サービスを増やすアライアンス戦略で顧客企業が「実現したい事」を可能にするためのホールプロダクトを揃えているんじゃよ。

実はシンフォニーマーケティングもAppExchangeパートナーの1社なんじゃ。ここには会計から人事給与、PRからオンライン広告管理まであらゆるパートナーソリューションが名を連ねておるんじゃ。Salesforce.comがクラウド型のプラットフォームだと言われているのは、このホールプロダクトの構築戦略のことなんじゃ。そして、Salesforce.comのマーク・ベニオフCEOが、「我々はBtoCのビジネスモデルを初めてビジネスの世界に持ちこんだ」と講演などでよく話しているのはこのことでもあるんじゃよ。

一方、こうしたスピード重視のアライアンス戦略を横目で見ながら、頑固にハードウェアと、OS、そして主要なアプリケーションを自社で開発する、という一見時代と逆行したホールプロダクト戦略で戦っているのがAppleなんじゃ。
Appleのコンピュータで動くOS(MacOS-X)はアップル社製で、これは他のメーカーのPCでは動作しないし、このOS上で動く主なアプリケーションも他のOS上では動作しないものが多いんじゃ。
BtoBの企業が自社でほとんどのホールプロダクトを構築する理由は完成度なんじゃ。BtoBはプロの世界じゃから、要求レベルが高いんじゃよ。高度な要求を実現するためにはハードとソフト、ソフトとソフトの連携のレベルが重要で、これを実現するためには自社で提供する方が良い、という理由なんじゃ。

Appleのスティーブ・ジョブスCEOはBtoB企業のように自社製品群の高度な連携によって圧倒的なユーザビリティを実現して勝ち組になっているんじゃ。
Appleの戦略を見ていると、コアプロダクトと期待プロダクトはすべて自社で揃え、拡張プロダクトは自社とアライアンスが半々、そして理想プロダクトは iTunesや App Storeなどのオンラインプラットフォームを駆使して、他社製品で圧倒的な質と量を揃える戦略を採っているように見えるんじゃ。

こう見てみると、ホールプロダクト構築戦略で、自社で独自に揃えるものと、アライアンスを活用してスピード重視で大量に揃えるものをちゃんと切り分けて、戦略的に構築している企業が市場を制するような気がするんじゃ。
みなさんの会社はどんなホールプロダクト戦略で戦っているのかの?

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