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2011.06.22

谷底に消えたPDAをイノベータ理論で解説すれば・・・

パームパイロットやNewtonが、キャズムに堕ちた理由と背景をイノベータ理論で説明します。

さて、前回はこのイノベータ理論の各セグメントの特徴やマーケティングの注意点を書いたんじゃが、このイノベータ理論と他の理論との関係を少し見てみようかの。

先ず、よく混同されるのが「プロダクトライフサイクル(product life cycle)」なんじゃ。これはその名の通り、「プロダクト」つまり市場ではなく製品に視点を置いている理論なんじゃ。ある製品または製品カテゴリーが市場に投入されてから、成長し、やがて成熟してついには売れなくなって姿を消すまでのプロセスのことなんじゃよ。
通常、売上を縦軸に、時系列推移を横軸にとった売上曲線で示されるんじゃ。
プロダクトライフサイクルの段階区分は、以下の4段階で表現されるんじゃ。

  1. 導入期

  2. 成長期

  3. 成熟(市場飽和)期

  4. 衰退期

売上を時系列に見ていくので、この理論にはその時々の市場の特性は出てはこないんじゃが、よくイノベータ理論と対比して、導入期の市場はイノベータ、成長期はアーリー・アドプターアーリー・マジョリティなどと説明されるんじゃよ。
(※製品が、設計、生産、販売、メンテナンスを経て、最終的に廃棄されるまでのプロセスを管理するプロダクトライフサイクルマネジメント:PLMはまた別のもの)

ボストンコンサルティンググループがGEと一緒に開発したと言われるプロダクトポートフォリオマネジメント(PPM)はこのプロダクトライフサイクルを経営戦略にまで発展させたものと言ってもいいじゃろう。じゃからイノベータ理論とも関連があるんじゃよ。
プロダクトが成長期に入って売上がぐっと伸びてきても多くの場合、利益は出ないものなんじゃ。成長期には市場が拡大するから競争は激しくなるんじゃ。製品開発費、マーケティング費、販売管理費などがどんどん膨らむものなんじゃよ。ここで利益を求めて投資を絞ると、あっと言う間に競合にシェアを奪われるからの。つまり成長期には売上よりも経費の伸びが先行するものなんじゃ。
じゃからプロダクトライフサイクルの「成長期」はPPMの中の「問題児」になるんじゃよ。「伸びる子なら食わせてやれ」というやつじゃな。そして問題児に投資されたマーケティング予算は、成長期の市場であるアーリー・アドプターやアーリー・マジョリティに対して展開されるんじゃ。

このイノベータ理論が世に出てから、最もこれとリンクした理論は1991年にジェフリー・ムーアが出版した「Crossing the Chasm (邦題 キャズム)」で提唱した「キャズム理論」じゃろうな。この本は、米国ではハイテクマーケティングのバイブル的な存在になっているのじゃよ。
「キャズム理論」とは、イノベータ理論のベルカーブの初期市場と主要市場の間に大きな谷(キャズム)が存在し、多くのハイテクベンチャーはそのキャズムを越えることができずに、倒産、売却などの運命に至っているとして、そのキャズムの構造的な特徴や、越えるための方法論を考察したものなんじゃ。

エベレット・ロジャーズは普及率が16%に達した時点を「クリティカルマス」と位置づけて、ここまで普及させれば後は急激に拡大していく、と結論付けているのに対し、ジェフリー・ムーアは、ハイテク製品市場では例え16%まで普及させても、その後にある主要市場との間にパックリと口を開けているクラック(キャズム)に落ちてしまえば成功はできない、重要なのはこのキャズムを越えて(Crossing)主要市場に参入することだ、としたもので、ロジャーズのイノベータ理論に対抗したというより、ハイテク製品市場での補足をしたという方が正しいじゃろうな。
ムーアは世界的なベストセラーになった著書「キャズム」の中でロジャーズの理論を否定しておらんからの。

ただし、ロジャーズは明確にムーアの「キャズム理論」を否定しておるんじゃよ。
ロジャーズはその最後の著書の中でムーアが指摘したアーリー・アドプターとアーリー・マジョリティの間に在るクラック(キャズム)など存在しない、と断言しておるんじゃ。学者のプライドは怖いもんじゃの。

ワシが思うにこれは二人のバックボーンの違いに原因があるんじゃろうな。
実はロジャーズの専門は農業社会学なんじゃよ。農村で新しいイノベーション、例えば農業機械とか、肥料、品種改良などのイノベーションが普及する過程を研究しておった人なんじゃ。アイオワ州立大学の大学院に提出した博士論文のテーマも農村でのイノベーションの観察をまとめたものだったんじゃ。

ところがムーアは学者ではなくマーケティングコンサルタントなんじゃ。しかも専門分野はコンピュータのソフトウェアやハードウェア、半導体製品などのハイテク製品だったんじゃよ。この違いは年齢の差よりも大きく作用しているとワシは考えておるんじゃ。しかも、ロジャーズは2003年に改訂された著書でムーアのキャズム論を明確に否定した翌年に亡くなってしまったので、この論争は当事者がひとりいなくなってしまったんじゃな。

論争はともかく、キャズム理論の功績は偉大なものだと言えるじゃろう。つまりイノベータ理論をハイテク製品分野で再構築し、しかも、そのキャズムを越える最も有効な手段として、やはり1960年代に提唱されたセオドア・レビットの「ホールプロダクト」という理論をリンクさせたんじゃ。
イノベータ理論もホールプロダクトも、もしムーアがスポットライトを当てなければ色褪せて忘れられたかも知れんものなんじゃ。

さて、多くの製品と莫大な開発&マーケティングコストと、数知れない程の多くのマーケティング担当者の知恵を投入しながら、結局アーリー・マジョリティの待つ主要市場にたどり着けなかったPDA(Personal Digital Assistant)という製品カテゴリーの話をワシ自身の体験で話そうかの?

かつての愛機「MobileGear(通称青モバ)」と現在の愛機「iPad & Bluetooth keybord」

かつての愛機「MobileGear(通称青モバ)」と現在の愛機「iPad & Bluetooth keybord」

1990年代の後半、このPDAという製品カテゴリーはまさにキャズムを越えて主要市場に攻め込む勢いだったんじゃ。
Appleからスティーブ・ジョブズを追い出したジョン・スカリーが、自社の革新的な製品であるNewtonを表現するために作った言葉と言われているPDAは、世界中のハイテク企業が製品開発をする程の勢いがあったんじゃよ。
そんな中で1996年にNECがポータブルタイプの通信端末「モバイルギア」というPDAを発売したんじゃ。これはフルピッチのキーボードをもち、単三乾電池2本で駆動し、恐ろしく軽いのにモデムを内蔵し、電話やFaxマシンのケーブルをちょっと繋げば電子メール、Fax送信、当時の代表的なSNSであったNiftyなどへもアクセスでき、さらに携帯電話ともワンタッチで繋げるというそれは素晴らしい製品だったんじゃ。

このモバイルギアに真っ先に飛びついたのはイノベータ達だったんじゃ。その中心はHPの200LXのヘビーユーザー達で、DOSのアプリケーション資産をたくさん持っておったから、彼らから見ればこのモデルは、フルピッチのキーボードが付いたDOSマシンだったんじゃ。彼らはモバイルギアOSと呼ばれていたユニシェルを止めてその下のMS-DOSを使うことでHP-200LXなどのために開発されたDOSのフリーウェアを大量に持ち込んだんじゃよ。

ワシは、DOSのアプリケーションを持っていたわけでも、HP-200LXのユーザーでもなかったんじゃが、ただ海外出張が多かったので、当時、世界中にアクセスポイントを持っているコンピュサーブが使える軽くてバッテリーが長持ちし、打ちやすいキーボードを実装したマシンがどうしても必要だったんじゃ。米国から国際電話で日本のアクセスポイントに繋いだら電話代金が大変なことになるからの。モバイルギアはまさにぴったりのマシンだったので、発売されてすぐに購入したんじゃ。そして、これを使いこなすにはNiftyというパソコン通信のユーザーズフォーラムで相談するのが良いと思って、そこでいろいろ教えてもらったんじゃよ。

楽しかったの。イノベータな人たちに本当に親切にしてもらったんじゃ。驚いたことに彼らは液晶バックライトが無いと困ると言えばバックライトを自作し、Niftyの多くのコミュニティのコメントを高速で閲覧したいと言えば「ターミナル」という巡回アプリケーションを自作してそれを無料でくれたばかりかセットアップまでしてくれたんじゃ。お陰で米国からでもまったくストレスなく仕事ができたんじゃよ。
つまり、モバイルギアという製品、あるいはPDAという製品カテゴリーではワシはアーリー・アドプターだった訳じゃな。

この当時、PDAという製品カテゴリーの市場がイノベータからアーリー・アドプターへ移行した時期だったんじゃ。各社もこの製品カテゴリーは主要市場まで拡大すると判断し、一斉に製品を投入しはじめたんじゃ。
AppleはNewton、HPは200LX、シャープはザウルス、イギリスからはPSION、そしてパームOSというOSで動くパームパイロットやIBMのワークパッド、ソニーのクリエなど、本当に多くの製品が出てきて、今にもキャズムを押し渡る勢いに見えたんじゃ。
この頃、ワシも友人に薦められてパームパイロットを購入したんじゃが、スタイラスはなくすは、独特の一筆書きは覚えられないわで、直ぐに人に譲ってしまったんじゃ。今思えば、あれは典型的なイノベータ向けのデバイスだったんじゃな。

結論から言えば、モバイルギアを含むPDAはついにキャズムを越えることはできなかったんじゃ。理由は2つじゃとワシは考えておる。
まず携帯電話市場が急拡大したことで携帯電話の機能拡張が猛スピードで進み、PDAの機能を取り込んでしまったんじゃ。メールの送受信、インターネットの閲覧、メモ、そして当時のPDAには無かった写真や動画の撮影などの機能じゃな。PDA側では世界各国で規格の異なる電話機能を取り込むことができなかったので、同じような大きさの機能が重なる端末を2つ持たせるのは難しかった訳じゃ。
電話とPDAというコンセプトが本当の意味で融合したのはスマートフォンという製品カテゴリーからなんじゃ。初期の代表製品はブラックベリーじゃな。でもあれは初期市場を創造することしかできなかったんじゃ。一気にキャズムを渡る原動力になったのはやはりiPhoneなんじゃよ。

もうひとつの理由がパソコンの小型軽量化じゃな。PDA市場が賑わって来たとき、この市場は重いPCを持ち歩くストレスを埋める製品だと位置づけたPCメーカーが、そのストレスを埋めるために小型・軽量でハイスペックなPCを次々に発売したんじゃ。東芝のリブレット、ソニーのVAIO、AppleのPowerBook 2400などじゃな。そうなるとWindows CEなどの特殊OSやDOSで利用するPDAの存在はぼやけてしまったんじゃ。主要市場のマジョリティたちは特別なOSなど使わんからの。

つまり、急いで一気に越えなければならないキャズムにつかまって、脱け出そうとのろのろしている間に、自分(PDA)を中心に構築したかったホールプロダクトを携帯電話に揃えられてしまって退場した、という図式なんじゃな。

マーケティング担当者がイノベータ理論を学ぶ理由は、自分の担当する製品や製品カテゴリーはベルカーブのどこに位置しているかによって、採るべき戦略や戦術、ツール、メディアなどが異なるからなんじゃ。
自分の位置を正確に知ることができてはじめて正しい戦略が実行できるんじゃよ。

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