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2004.12.27
半導体製品商社のR社。不景気の影響から商談が激減していた。そこで過去の営業データを活用してマーケティングを行うことになったが、R社にはそれに必要なスタッフがいなかった。さてR社はどうやってマーケティングチームを編成したらいいのか。
データベース・マーケティングの失敗要因のひとつに、スキルのみに焦点を当て、農耕型・狩猟型といった気質を踏まえずに組織作りを行うことがある。
そこで今回は、気質を踏まえた組織作りについて、R社の症例をもとに考えてみた。
データベース・マーケティングを強化するということは、会社の販売戦略に「農耕型」の要素を組み込むことを意味する。売るための戦略的な仕組み作りとは、求められるスキルや気質を理解した上で、組織を作っていくことにほかならない。
畑を開墾し、種を蒔き、忍耐強く育てる「農耕型」の気質を要求されるマーケティング部門と、ほんのかすかな獲物の臭いや気配を感じ取り、獲物を仕留める「狩猟型」の気質を求められる営業部門。意外に見過ごされているこの「気質」問題がネックになっている場合が多いのだ。
データベース・マーケティングを担当する「営業推進」や「販売推進」などの部門は、企業ブランドを創る宣伝広告部門のような派手さとは無縁で、地味で緻密な作業の連続だ。求められる気質は「農耕型」。
開墾し、その土地の地質や天候を考えて何を植えるかを選定し、収穫までの暦を逆算して種を蒔く。水や肥料を欠かさず与え、雑草を取り、鳥や虫や獣から守り、秋に収穫する。時には収穫まで数年を要するこのデータベース・マーケティングという仕事に向いているのは農耕型である。
狩猟型とは「生きた獲物」、つまりすぐにでも注文をくれる上位見込客にしか興味を示さない直感的でフットワークの良い存在だ。
毎朝鉄砲を肩に村を出て、思い思いの山に入り、ある時は大きな獲物を背負い帰ってくる時もあれば、数週間を経て獲物ゼロで帰ってくるときもある。夜は酒盛りで景気をつけ、翌朝には元気に村を出て山に入って行く。彼ら狩猟型はどんなに獲物が獲れなくても、畑に出て鍬を持つ気は微塵もなく、仮に畑仕事を手伝わせても、荒っぽくてとても戦力にならない。もし手伝わせようものなら、せっかく育ってきた小さな芽を気付かずに踏み潰したりするのが関の山だ。
「適材適所」という言葉はスキルのことだと思われているが、ことマーケティングに関して言えば、むしろ「気質」を優先すべきなのだ。
この「気質」の違いを軽視して営業部門に見込客のリストを管理させたりすると、あっという間に重複だらけで配信停止にすら対応できていない悲惨なリストになってしまう。この原因は、「スキル」ではなく「気質」にあるのだ。
企業を訪問した際によく耳にするのが、「せっかく展示会で集めたアンケートや、名刺リストを営業が熱心に追いかけない」というマーケティング部門の嘆きである。
マーケティング部門の人が展示会への出展やパートナーとの共催セミナーなどに割く労力は並大抵ではない。準備期間は打ち合わせの連続で、スケジュールや予算を考えると胃が痛くなることばかりだし、開催日が近づくとリハーサルや最終調整などで徹夜が続くことも珍しくない。そうやって苦労を重ねて集めたアンケートや名刺リストを、営業が追いかけてくれないのでは、嘆きたくなる気持ちも良くわかる。
数年前に私の会社で調査をしたところ、IT系の展示会で集めた名刺やアンケートで営業が追いかける数は、なんと総数の約1%に過ぎなかった。暑い展示会場で汗だくになって3日間で3,000枚の名刺を集めたとしても、営業が追いかけるのはそのうちの30社。残りの2,970枚は、せいぜいデジタル化されて来場御礼のeメールが配信される程度なのだ。
営業部門から見れば、この30社だけが追いかけるべき「生きた獲物」である。残りは価値があるような気はするものの、追いかけ方も育て方もわからない。
しかし、この展示会の出展に社内人件費を含めて3,000万円以上の予算が掛かっているとすれば、名刺1枚あたり1万円、つまりは2,970万円を捨てていることになってしまう。
ではどうしたら良いのか?
その答えは、「気質」を踏まえ、マーケティング部門と営業部門が各々の得意分野を活かし合えるように、組織と役割分担を再構築することだ。
見込客を集める【リード・ジェネレーション:Lead generation】と、見込客リストを育てる【リード・クオリフィケーション:Lead qualification】までを、農耕型の思考を持ったマーケティング部門に担当させる。
前述の3,000枚の名刺で言えば、営業がすぐに追いかける30枚を除いた残りの2,970枚の名刺リストを「苗」として育てる仕事が、マーケティング部門の非常に重要なミッションなのだ。
データベース・マーケティングの面白いところは、この「種」や「苗」が順調に育って収穫寸前になると、畑から猟師たちの待つ狩場へと飛び出していくところだ。そのときは企業名でも部署名でも個人名でもなく、「案件リスト」と呼ばれる「生きた獲物」に姿を変えているのである。
これを追いかけて仕留めるのは、まさに狩猟型の営業部門の仕事である。ここはもうマーケティング部門のカバーできるエリアではない。
この案件リストを使って営業チームを機動的に動かすのは、経験を積んだ営業マネージャーの仕事であり、他部門がコントロールしてはいけない。仮にコンピュータ・リテラシーを理由に、営業経験がなく、営業部門の気質を理解できない人材に管理させたとすれば、営業部門の作業負担が増加し、データの更新にばかり時間を取られて営業のコアタイムが減少、モチベーションが低下するのは目に見えている。どの案件は誰が仕留められるのか。どの企業には誰と誰を配置すれば受注の可能性が高まるのか。自社の営業スタッフ、パートナーの営業スタッフ、見込客と競合との関係、販売したい製品やサービスの競合優位ポイント…これらの複雑な要素から最良の担当をアサインする仕事は、システムに頼る部分ではない。経験を積んだ人間の判断に勝るシステムなど作れるはずがないのだ。
これは集団で狩猟をするマタギを観察してみると良く理解できるだろう。見晴らしの良い場所に陣取って狩場の指揮を執るのは、長年の経験を通して猟師の行動と心理、獲物の特性や行動パターンを理解した「シカリ」と呼ばれる長老であり、企業で言えば経験豊かな営業マネージャーである。彼だけが狩場の現場を俯瞰的に見て、的確な指示を出し、隠れたリスクを発見し、それを回避する指示を的確に出すことができるのだ。
つまり、重要なことは農耕型でマーケティングの仕組みを作り、その収穫を狩猟型の営業部門に引き継ぐ連携プレイを、マーケティングのフローとして構築できるかどうかなのだ。
では、こうした連携プレイを構築できずにマーケティング予算が無駄になってしまっている症例を見てみよう。
半導体製品の商社であるR社は、4つのそれぞれマーケットが違う製品ラインを持っている。そこで会社全体のブランディングをマーケティング&コミュニケーション部門が担当し、展示会やセミナー、そしてリスト管理などはそれぞれの製品ラインの営業部門が行っていた。
展示会に出展するときは、営業担当者がブースに立って接客をする。買ってくれそうな臭いのする人以外には話しかけたりしないので、集まる名刺の数も少なく、10〜14小間のブースでも3日間で1,000枚にもならない。そして展示会が終わると、集めた名刺の中から感触が良い十数社を追いかけ始める。
実はこれで結果的に1社でも受注できれば元は取れる。製品自体に競合優位性を持っていたR社は、これで十分だと考えていた。ところが、3年前から競合製品のシェアが上がり始め、商談で受注を逃すことが多くなってきた。また不景気の影響もあり、商談案件そのものが激減してしまった。そこでR社では、外資系企業の資本参加を得て、建て直しを図ることになった。
外資系企業から派遣されてきた営業統括マネージャーは、次とその次の四半期の売上見込みのレポートを提出するように命じた。しかし、各製品ラインの事業部長は困ってしまった。そんなレポートは書いたことはおろか、見たこともなかったのだ。
求められたレポートの項目には見込客(リード)のステータスごとの件数や業種分類、見込客の獲得単価などの項目があったが、どれも今まで考えたこともない項目ばかりだった。R社では、見込客のリストをこれを集めたイベントごとにエクセルでファイリングしていたが、イベントごとの件数は把握できても、複数のイベントに参加したのが誰なのかは把握できない。また、eメールやDMが届かない「死んでしまった情報」を特定することもできていないのだ。
さらにそのレポートのコミュニケーションの欄には、メール配信のクリック率(CTR:Click Through Rate)の項目があった。これまでセミナーの集客などでメール配信はよく行っていたが、クリック率を取ったことはなく、取り方も計算式もわからない。
各事業部の事業部長や営業マネージャーが集まって、このレポートの対応を協議した。いずれも過去に営業の第一線で華々しい実績を上げてきたベテランたちで、販売力には自信があったが、このレポートで求められているような視点で考えたことなど一度もなかったのだ。「これまで誰もやったことがないので提出できない」と正直に言えばいいという意見もあれば、「それでは解雇されてしまうのでなんとかして提出しよう」という意見もあり、何度集まっても結論が出なかった。
一方、アメリカから着任した新任の営業統括マネージャーも頭を抱えていた。社内のマーケティング部門は事業部や製品ラインの販売戦略を全く把握しておらず、広告代理店との折衝窓口として機能していただけだった。各製品のマーケティングを担当してきた各事業部の営業部門に、ROI(Return On Investment)やROA(Return On Assets)のレポーティングを期待しても難しいという考えのもと、まずは現状を把握しようと基本的な項目のレポートを求めたのだが、いつまで待っても提出されず、見込客の実数すら把握されていない有様だった。
半導体などのデバイス・ビジネスは、景気など外部要因の影響が大きいため、業績が上がっているときには、あまり企業のマーケティングのスキルレベルを問われることはない。しかし、景気の悪化や、競争が激化すると、いかに顧客や見込客とコミュニケーションするか、できるかが業績に大きく影響する。データベース・マーケティングがフローとして理解されていないので、展示会に出展する目的や出展を担当する人の役割、集めた名刺やアンケートの保管・管理方法までもが曖昧なのである。
R社のような商社は多くの場合、基本的なカルチャーが狩猟型なので、マーケティングがフローとして機能しにくいのだ。マーケティングをフローとして理解するとは、「役割分担」と「実行できるスキルを持った人材」が、「いつ」「どこに」「何人くらい」必要なのかを理解している、ということだ。これが理解されていれば、マーケティングからセールスまでをラインとして設計でき、穴が空きそうな部分があれば、「必要な時までに」人材をアサインすることもできるし、社内に抱える必要がなければ外部業者を探して任せることもできる。
しかし、R社では、見込客をデータベース化して絞り込んでいく戦略的なマーケティングに必要なスタッフィングが整わないまま、展示会やメール配信やセミナーを効果測定もせずに繰り返していたのだ。法人営業の見込客リストは最も腐りやすく、バラバラに集めて放置すれば、営業が見込度の高い有望見込客を追っている間にリストはどんどん腐っていく。
では、R社はどういう人材を揃えて役割分担をすればデータベース・マーケティングをフローで実現できるのだろうか。
狩猟型一色のカルチャーの中で農耕型の仕組みを作るには、以下の3つのポストをこなせる人材が必要だ。もし社内に適切な人材がいなければ、セールス・マスター以外はアウトソーシングしても良い。このマーケティング・チームを早急に作らなければ、社内にある見込客リストは急速に劣化し、eメールでも配信しようものなら事故を頻発して企業ブランドを傷付けることになるだろう。
リード・ジェネレーションから絞り込みまでをロジカルにプランニングできる人材。つまり、情報収集能力があり、人間好きでコミュニケーション・スキルが高く、アイデアが豊富で、それを数字に落としてロジックとして組み立てる能力が求められる。製品ラインのマーケティングを担当し、展示会のブース設営やセミナーの事務局などを経験してきた人は適性が高い。ここではマスメディアのメディアプランなどのスキルは必要ないからだ。
可能であれば、短期間でも第一線での営業経験が欲しい。マーケティング・プランナーのミッションは営業チームにホット・ニーズのリストを送り続けることであり、営業担当者が欲しいリストがわからなければ、プランニングの精度が保てないばかりか、営業サイドがせっかくのリストを信用しなくなってしまうからだ。
このポジションは外部業者の窓口になったり、年間計画の中で展示会やセミナーなどを連動させてプランニングする必要があるので、できれば社内スタッフが望ましい。気質はもちろん農耕型でなければならない。
リスト・クリーニングからメンテナンス、メール配信、ラベル出力、FAX配信などを行うスタッフがデータ・オペレーターである。エクセルなどで大量データをハンドリングした経験があり、アクセスやファイルメーカー(持っているリストの量が1万件を超えるようならSQL文が書けると良い)などを使いこなせなければならない。
最も重要なのは「注意力」。ここでメール配信事故を起こされるのは多大なダメージになるため、スキルと同時に「慎重さ」「緻密さ」が重要。整理整頓が得意で、ルールを守るきちんとした性格が求められる。
このデータ・オペレーターは専門性が高く、ノウハウが溜まる部署ではあるが、1社で抱えると仕事量からみてもオーバー・スペックになるケースが多い。また派遣社員で対応するケースも多いが、交代するときの引継ぎが非常に難しいので、できれば適切な業者を選定し、アウトソーシングすべきである。NDA(秘密保持契約)さえしっかりしていれば社内スタッフである必要はない。
これはマタギで言えば「シカリ」にあたる人物で、営業経験が豊富な人材が求められる。社内の営業チームや代理店の取り引きなどを知り尽くし、どの案件なら誰が追いかければ最も高い確率で受注できるかを判断できることが必要。直販部隊と代理店を併用している場合は、有望見込客の担当振り分けの権限もここに集約されることになる。
このセールス・マスターは社内スタッフでなければならず、しかもセールス部門の現役かOBであることが必須。間違ってもセールス以外の部門から選んではいけない。基本的には狩猟型だが、農耕型の仕組みを理解できる柔らかい思考回路が必要。汗と根性を信奉する頑固な営業部長タイプでは無理なポジションなのだ。この3人でマーケティングを運用すれば成功できる可能性は非常に高い。
まず「目的」と「手段」と「道具」を明確にすること。そして「セールスが効率的に販売できるための見込客の収集と絞り込み」というミッションを持っているはずのマーケティング部門と、その後工程を受け持つセールス部門の間の大きな溝を埋めて現場の問題を解決するには、必要なスキルだけでなく「気質」を踏まえた「マーケティング・フローの再構築」が必要なのだ。