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ホーム > コラム > データベース・マーケティングの診断とその治療法 > カーディーラーが顧客情報を活用できない本質的な理由は?
2004.12.27
約20年前から大型コンピュータで顧客データを蓄積している、カーディーラーB社。しかしそのデータをもとにしたマーケティング活動もいまひとつ期待した効果がない様子。カーディーラーはデータベース・マーケティングに最も適した業種であるのになぜ?
カーディーラーは本来、データベース・マーケティングに適していると言われながらも失敗例が多いのはなぜか?
今回は事例を元に、データベースの構築が「目的化」しているケースについて考えてみたい。
すでにある程度の顧客データを持っている企業がデータベース・マーケティングを導入する際、重要なポイントは「そのデータが誰のどんな目的のために蓄積されたか」ということである。
例えばPOSデータは、店長や物流ラインを担当する人が店頭からバックオフィスまでの在庫情報を適正管理できるように作られている。このため、商品についてはバーコードを読み取ることで非常に細かくデータ化されている。ただしこのデータは商品を購入した顧客のことにはあまり関与しておらず、従ってマーケティング・プランを考える人のためには作られていない。
最も顧客情報の管理が必要な婦人服を例に考えてみよう。通常、バーコードでデータ化できるのは品番だけだ。商品の型とサイズ、色と値段までは分かっても、どんなデザインで、どんな柄なのか…定番商品でもない限り、売り場で接客している人が最も必要としているこれらの情報は含まれていない。だから「この前お買い上げいただいたあのブラウスには、このパンツが合いますよ」という接客は、バーコードのデータだけでは不可能なのだ。これでは販売現場では役に立たない。マーケティング活動と正反対を向いている典型的なデータベースが、カーディーラーのデータベースかも知れない。
地域密着型のビジネスであるカーディーラーは、本来データベースを使った顧客情報管理に最も適した業種であるが、同時にデータベース・マーケティングが最も成功していない業種のひとつでもある。
カーディーラーにとって、データベース・マーケティングをスタートするということは、それぞれの顧客との間にダイレクト・ラインを開通し、顧客との距離を少しずつ縮めていく「絶え間ない運動」に着手する、ということにほかならず、それはもちろん全社を挙げての経営戦略でなければならない。この覚悟を決めないで中途半端にスタートした導入事例は、その多くが失敗している。
大きな原因は2つ。
データベースの構築が「目的化」し、「活用」を後回しに考えている
SFA(Sales Force Automation)を間違った使い方で導入している
今回はB社の事例で<1>を、次回はC社の事例で<2>について紹介しよう。
カーディーラーは当然、車を買ってくれた顧客のデータを持っている。
日本では車を購入するとそれを陸運局に届け出る車検制度があるため、これらの顧客データは車体番号をキーとして管理されていることが多い。
車体番号とは車検証の片隅にひっそりと刻印されている数字の羅列のことだ。車検や盗難、事故の時はこの番号が活躍するが、自分の車の車体番号を覚えている人はまずいないだろう。そんな番号があることすら知らない人も多いはずだ。陸運局への申請に必要な情報からなるカーディーラーの顧客データは、次の車検時期の情報以外、ほとんどマーケティングの役には立たない。
B社の顧客データベースもまさにこれである。
東北南部のある県を販売エリアとするB社は、約20年前から大型コンピュータを導入して顧客データを蓄積してきた。ダイレクトメールに始まり、メールマガジン、顧客専用のWebサイト、最近ではコンタクトセンターを設置してのアウトバウンド・コールなど、しかるべき予算を投じてさまざまなマーケティングを展開しているが、本来カーディーラーが強みを発揮できるマーケティング・プランの実行に必要な情報を持たないB社のデータベースは、販売に期待通りの効果を上げられていない。
B社では定期的に顧客へダイレクトメールを発送している。「顧客」とは購入車の名義人である。実際は奥さんが乗っているセカンド・カーも、名義がご主人ならデータベース上はご主人の車であり、当然ダイレクトメールもご主人に届けられている。
しかし、ご主人は近所のお買い物や子どもの送り迎えにしか使わない奥さんの車にお金をかけたくないから、そのダイレクトメールの大部分は奥さんの手に渡ることなく捨てられるという不遇な運命をたどっている。名義はご主人でも普段実際に利用しているのが奥さんであれば、買い替えに当たっては奥さんの意見が重要になる。ご主人が別に自分の車を持っているとしたら、奥さん専用の車についてはなおのこと奥さんの選択権が強くなるものだ。だから車に限って言えば「個人」ではなくて「世帯」で管理するのが望ましい。
データベース・マーケティングを始める場合、「個人」で管理するか、「世帯」で管理するかは非常に重要な事項である。どちらが正解ということはなく、その会社がどんなマーケティングをやろうとしているか、から解を導き出すしかない。
ちなみにB社はデータを「個人」で管理してしまっている。
ただでさえ営業活動に有効な情報の少なかったB社のデータベースは、一昨年に、納車にかかる手間と人件費を削減する目的で、「購入者が営業所まで車を取りに来てくれたらガソリンを数リットル提供する」というサービスを導入してから、さらに内容の乏しいものになってしまった。
顧客がライフスタイルについて快く公開してくれるタイミングは実は2回しかないと言われているが、B社はこの貴重な納車時の1回を自らのサービス制度で消失してしまったのだ。確かに人件費は削減できたが、その代わりデータベース・マーケティングのための貴重な情報が蓄積できない。しかも、こうした情報は後から入手することは不可能に近い。
データベースの活用法、つまり「どんなマーケティングをしたいのか」が明確でないために、こんなことが起きるのだ。車のマーケティングの場合、必要な情報とは「車のタイプ」であり、「家族構成」であり、実際の使用者の「趣味」や「仕事」などの「ライフスタイル」である。
ライフスタイルをどうやってデータベースに肉付けしていくか、ということについてはどこのディーラーでも苦労しているが、例えば納車という名目で客先を訪問する時に得られる情報はたくさんある。
所有者がゴルフをするならば玄関先にゴルフバッグがある、あるいは庭先に練習ケージがあるかもしれない。スキーが好きな家庭は冬場はキャリアを載せているし、ペットを飼っている家も一度訪問すれば分かるはずだ。
玄関に並んでいる靴や表札から同居している家族構成も分かるだろうし、2世帯なのか核家族なのかも訪問すれば分かるだろう。車が好きなら屋根つきのカーポートがあるだろうし、家族が乗っている車が並んでいれば、車種や年式から車検の時期までひと目で分かるに違いない。
こうした情報こそがデータベース化し、コミュニケーションに反映したい情報なのである。
マーケティングに必要な情報をほとんど持たないB社のデータベースは、今や営業から存在すら忘れられ、相変わらず車体番号をキーとした陸運局のための情報を蓄積し続けている。
残念ながら、B社のデータベースに格納されたデータは、このままでは収益を生むことはない。「あるべきコミュニケーション戦略」が存在せず、その戦略を実現するために必要な情報という視点でデータを肉付けし、格納できるようなデータベース設計もなされていない。
結果、「必要な人に」「必要な情報を」「その人が必要だと思うタイミングで」提供するというマーケティングは不可能で、営業活動にはほとんど役に立たない。新聞に折り込むチラシと同じような内容を、買ったばかりの顧客へのダイレクトメールに同封したら、受け取った顧客はどう思うだろうか。
不特定多数の人に安価に情報を伝える手段としての折込チラシと、車を購入した顧客(つまり、「いつ」「どんな車」を購入したかをカーディーラー側で把握できているはずの顧客)に対するダイレクトメールの内容は違って当然だろう。もし同じだとしたら、それは顧客情報を管理できていないと自ら認めるようなものだ。
ダイレクト・ラインを開通させ、顧客に近づけば、顧客の顔は見えてくるが、同時に顧客からもこちらの姿勢が丸見えなのである。これではカーディーラーが本来目指すべき世帯ごとの「ライフ・タイム・バリュー」(Life-Time-Value)の獲得など到底不可能である。
カーディーラーがデータベース・マーケティングに最も適した業種のひとつである理由は、そのエリア性にある。日本のカーディーラーはメーカーとの契約で販売エリア外に車を売ることはできない。これが日本の自動車業界がインターネットの活用に本腰を入れなかった大きな理由である。このために、アメリカ生まれのネットビジネスである「オートバイテル」や「カーポイント」などが、まったく販売成績を上げられずにいるのだ。
しかし、インターネットの本当の価値は、グローバルではなくドメスティック(地域性)にある。実際に日々知りたい情報は地球の裏側のことではなく、数百メートル先にあるスーパーの売り出しや、駐車場の混雑情報、休日の当番医の電話番号などである。
ではなぜ、こうしたドメスティックな情報を満載したWebが出てこないのか、それは「インターネットは無料」という原則の中でWebの維持費を賄う収益構造を作れないからだ。
しかし本来、カーディーラーはそれを安価に運営できるはずだ。例えば、お花見の時期に人々が知りたい情報は「今日はどの辺りが見頃か」という情報である。もちろん車で1時間以内であることが望ましい。となると、その県内にいくつもの営業拠点を持つカーディーラーのインフラが生きてくる。
毎朝、それぞれの営業所近くにある桜の名所に社員を行かせ、デジタルカメラで撮影してすぐにeメールで本社に送り、Webマスターは「今日のお花見情報」としてそれを掲載する。これをそのディーラーの顧客専用サイトのコンテンツにすれば、差別化された立派なサービスになるのだ。
このように本来自分たちが進むべきマーケティングを理解して、データベースやWebの整備に優先順位を付けて取り組んでいるディーラーは、残念ながら非常に限られている。
どんなマーケティングをしたいのか。言い換えれば、顧客が次に車を買い替えるまでの7年間にどんなコミュニケーションを展開したいのか、というコミュニケーション戦略を考えることが、データベース・マーケティング設計の第一歩である。
データベース・マーケティングでコミュニケーション戦略を考える時は、大きく「メディア」と「コンテンツ」に分けて考えなければならない。ここで言う「メディア」には、営業担当者も整備士も営業所のショールームも、テレビや新聞広告、折込チラシ、ダイレクトメール、アウトバウンド・コール、メールマガジン、そしてWebサイトも、すべて含まれる。
そしてこうしたメディアで発信されるメッセージや、交わされる会話などが「コンテンツ」である。
この2つの要素を「販売」という目的に合わせ、さらに「約7年」という車の買い替え周期と「車検」という日本独自の制度を組み込んで、どんな顧客情報を管理すれば目的に近づけるかという視点で設計するのがコミュニケーション戦略である。
「メディア」と「コンテンツ」を俯瞰的に見て、どこでどんなコミュニケーションが発生するか、そのデータはどこに溜まるのかを解析し、何と何をつなぎ、どこに一元化するかを設計することが重要なのである。そうしたコミュニケーション戦略を立案し、それを織り込んだデータベースを再構築することで、B社はいずれ次のようなマーケティングが可能になるはずだ。
B社の販売エリアのうち、北国の人々は秋にはほぼ100%スタッドレス・タイヤに履き換える。
その他の地域に住んでいる人でも、趣味がスキーならば冬にはスタッドレス・タイヤに履き換える。
ならば、【北国に住んでいる人】と【趣味の欄に「スキー」とある人】に対して【11月頃】に【スタッドレス・タイヤとスキー・キャリア】のセット販売キャンペーンを仕掛けることができる。注文販売ならば在庫を持つ必要もなく、在庫リスクがない分、価格を安くすることもできる。
さらに夏のタイヤの保管場所がない人には保管サービスを、スキー・キャリアを取り付けられない顧客などには取り付け代行サービスを紹介することもでき、雪道を走ることが多い人には、そうした事故に対応した自動車保険を紹介することもできるのだ。
カーディーラーにとって頭が痛いのは、タイヤやバッテリーなど、純正は高いからと敬遠されるカー用品の売り上げをオートバックスなどのロードサイド店に取られてしまい、それがきっかけで車検まで奪われてしまうことだが、こうした「高い」というイメージも、予約販売による低価格サービスで少しずつ変えていくことができる。
また、スキー・キャリアの取り付けや、タイヤの交換などで来店回数が増えるため、顧客との接点が飛躍的に増え、その過程でさらに顧客情報を肉付けすることができるようになる。