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2004.12.27

ビジネスモデルに即したコミュニケーション予算とは?

出典:月刊「アイ・エム・プレス(I.M.press)」 / 庭山一郎

スポーツクラブを経営するS社は、新規会員の獲得ばかりに予算を集中し、既存会員とのコミュニケーションには力も予算も配分していない。このままでは近所の競合店に会員を奪われ、退会に歯止めが利かなくなる危険があるが・・・。

自社のビジネスモデルがデータベース・マーケティングに向いているのかどうかは、「顧客とのコミュニケーション・コスト」という視点から、とらえることもできる。

今回は、データベース・マーケティングの成功とコミュニケーション・コストの関係について考えてみようと思う。

データベース・マーケティングにおける第3のコスト
1.導入コスト

業務分析などのコンサルティング、および開発やカスタマイズなどの人工計算に基づく費用、ハードウエアの購入、OSやデータベース、レポーティング・ツールなどソフトウエアのライセンス購入費がこれに含まれる。コストの大半はシステムのライセンス購入費とカスタマイズなどのシステム開発費から構成される。

2.運用コスト

データベースやWebのサーバ・ホスティングやハウジング、ソフトウエアの保守費、ライセンスの継続費、そしてデータベースやWebの管理者の人件費などから構成される。

多くの企業はここまでは計画している。だから何とか予算を捻出できる。困るのは、3番目のコスト【コミュニケーション・コスト】について、予測も予算確保もしていないことだ。今回はこの【コミュニケーション・コスト】という切り口で“診断と治療法”を紹介しよう。

3.コミュニケーション・コスト

これは、主に既存客とのコミュニケーションにかかるコストである。
コミュニケーション・コストを試算する上では、「このコストを継続して払い続けることができるか」がポイントになる。特にB to C(消費者向け)のビジネスの場合、コミュニケーションの対象数が数万から数十万人、時には数百万人になるケースもあり、コミュニケーション・コストの試算を間違えると大変なことになりかねない。

コミュニケーション・コストを導入コストとは別部門の予算で考えるという企業は少なくない。しかし別の部門であろうがなかろうが、事前に予算化していないお金は使えない。そしてコミュニケーションを怠った「使われないリスト」は、猛烈な勢いで腐っていく。だからデータベース・マーケティングを導入するには、まずコミュニケーション・コストを含めた3つのコストをきちんと予算化しておかなければならないのだ。

例えば、定期的にダイレクトメール(以下DM)を送るとしよう。DMの制作費が150円、郵送費が(数量割引を受けて)62円だったとする。この212円/回を年に6回送付したとして、1,272円が顧客ひとり当たりの年間コミュニケーション・コストである。2万人の会員がいる会社なら、年間2,500万円の予算を組まなくてはならないのだ。

海外のカタログ通販会社などはこのコミュニケーション・コストと売り上げや利益をきちんと管理しているため、カタログ請求者にはしばらくの間カタログを送付するものの、購入をしないとやがて発送しなくなる。

航空会社のマイレージなどで有名になった顧客セグメント手法「RFM分析」は、ここで活躍することが多い。例えばあるカタログ通信販売会社の登録顧客が30万人いたとする。コストの関係でどうしてもカタログ発送数を20万人に絞りたいという時に、売り上げや利益に影響を与えない10万人を探し出すのがこの分析手法なのだ。

カタログ通信販売以外の分野では、コミュニケーション・コストをきちんと計算して事前に予算化しているところは意外なほど少ない。通常の店舗小売業、レストランや会員制スポーツクラブなどのサービス業は、地代や設備の償却や維持費、それに人件費などのいわゆる固定経費が大きいため、それほど多くの予算をコミュニケーション・コストとして投入することはできない(ちなみに、<1>の導入コストと<2>の運用コストは固定経費の中に含まれる)。施設や設備、店員やインストラクターを保有するこの分野では、顧客コミュニケーションにかけられるコストは粗利益の1〜4%、売上高の0.5〜2%程度になることが多い。

新規顧客を獲得するための宣伝広告費を削って捻出しても、ようやくこの程度なのだ。しかも、宣伝広告費というコミュニケーション・コストの中に新規顧客獲得と既存顧客とのコミュニケーションの予算が混在し、既存客とのコミュニケーション・コストを明確に切り分けることができない。

データベース・マーケティングという新しいマーケティング手法のために第3のコスト、既存客とのコミュニケーション・コストを継続的に確保することがいかに難しいかがお分かりいただけると思う。「データベース・マーケティングは導入後のコミュニケーション・コストがかかる」と考え、改めて自社のビジネスにこのマーケティング手法が合っているかをチェックしていただきたい。

データベース・マーケティングに向かない業種

単価が安く、定期的・継続的な購入が期待できない商品や業種のマーケティングでは、マスメディアを使ったマスマーケティングのほうが圧倒的に向いている。

例えば、数年前にある缶コーヒーのプレミアム・キャンペーンでプレゼントの応募ハガキが4,000万通集まったことがある。「この応募ハガキをデータベース化する価値はありますか?」とキャンペーンの関係者から意見を求められたが、私の答えは「ありません。保管コストも大変だろうし、個人情報でもあるので、お気持ちは分かりますが、直ちに焼却処分すべきでしょう」というものだった。

「何かに使えそう」と考えたくなる気持ちは良くわかる。しかし、そもそもその商品がデータベース・マーケティングにまったく向いていないのだ。この缶コーヒーが売れている理由は明らかで、自動販売機の設置数で競合優位性を確立した上で、タレントを使ったテレビコマーシャルのキャンペーンが大成功したからなのだ。味にファンがついているわけでも、ブランドが特定の消費者群から高い支持を受けているわけでもない。

この応募ハガキを仮に一通20円で入力したとしても8億円、この情報を管理するシステムの構築やハードウエアとセキュリティなどへの投資額は軽く10億円、さらにDMをたった1回出すためのコストは50億円を超えるのだ。こうした投資を回収する方法はまったく見当たらなかった。

単価が高くても、継続的・定期的な購入が見込めない商品や業種は、コミュニケーション・コストを払い続けることが難しく、すなわちデータベース・マーケティングを継続できない。

例えば自動車教習所は、客単価から見れば20万〜30万円とコンシューマー向けの商品としては決して安くはないのだが、残念ながら圧倒的多数の人が人生で1回しか利用しない業種である。だから教習所にとっての戦略は、免許を取りたいと考えている人にできるだけピンポイントでアプローチする――例えば、高校3年生のリストに対して効果的なDMキャンペーンを展開することであり、これをデータベースに格納してヘビー・ローテーション(短期間に同じ行為を繰り返すこと)をかけても無意味なのだ。

せいぜい免許取得後の自動車購入を予想して、カー・ディーラーやカー・ローンを扱っている金融機関とアライアンス・キャンペーンを展開するくらいが関の山だろう。

定期的な購入が期待できても、かかる費用ほどには効果を期待できない業種もある。
以前、ガソリンスタンドがポイントシステムを導入してデータベース・マーケティングをスタートしたことがあったが、私は「成功しない」と考えていた。理由は簡単で、私自身「いつガソリンを入れますか?」と尋ねられたら「ガソリンがなくなった時」としか答えられないからだ。ガソリンがなくなった時に近くのスタンドで入れる。わざわざ反対車線には行かない。1回当たりの客単価はせいぜい4,000〜5,000円。しかも、税率の高い商品だから粗利益率は非常に薄く、さらにオイル相場や為替の影響もまともに受ける。顧客とのコミュニケーションやそのためのシステム関連のコストを負担し続けることが非常に難しい業種なのだ。

ファミリーレストランにも同じことが言える。多くの場合、ファミリーレストランを利用する時は「そのレストラン」に行くことを目的に出かけはしないだろう。家族で車に乗っていて「お腹がすいた」と誰かが言い出す。そろそろご飯にするか、となって「何が食べたい?」「どこがいい?」「どこでもいいよ」「どこでもじゃ困るよ」という会話にみんなが飽きた頃にロードサイドの看板が見えてくる。その決定のプロセスに、データベース・マーケティングがかかわれる余地はあまりないし、客単価から考えても、あまりインセンティブやコミュニケーション・コストをかけられない業種と言える。

データベース・マーケティングに向く業種

一方、意外にデータベース・マーケティングに向いている業種もある。

例えばお米屋さん。4人家族なら1世帯当たりの売り上げは年間8万〜15万円だろう。粗利益率を30%と見て2万4,000〜5万円。つまり、通常で考えればコミュニケーションには250円から1,000円程度しか使えないことになる。でも、ここからが戦略だ。お米の消費量は世帯によってほぼ一定だから、コンピュータ上で顧客世帯の米びつに残っている米の量を推定値で管理することができる。そして、最も効果的なタイミングで「そろそろお米を配達しましょうか?」という電話をかければ、確実に効果が上がる。この電話代は年間で顧客ひとりにつき300円にもならないだろう。

米びつが空になったであろう時期に来店しない場合は、他店に浮気した可能性が高い。が、浮気先の店でもいつもと同じように10kg購入したと仮定すると、その次の購入時期を予測することができる。この頃合いを見計らって、いつものように電話ではなく、小さなおまけを持って訪問などすると、顧客を浮気先から奪い返すことができる。このように、固定客を相手にするビジネスにおいては、【浮気防止にコストをかける】ことが重要だ。

LPガスなら、地域や季節によって異なるが、1軒当たりの消費金額は月に2万〜5万円、年間で25万〜60万円というところだろうか。粗利益は25〜35%として年間で6万〜15万円となる。つまり、比較的コミュニケーションにコストをかけられる業種だと思う。

この業種の問題は、解約されると赤字になるケースが多いことである。LPガス会社は初めの施工費やメーターなどの機材費を毎月のガス代から回収する価格体系にしているところが多いから、最初の契約から1年以内に解約されてしまうと赤字になる。めったに解約しないことを前提に契約形態が作られているからだ。だからこそ、解約されないために、コミュニケーション・コストをかけて、付加価値を付けないといけない。

この業種の大きな救いは、クロスセリングが期待できるということだ。そもそもLPガス店には、毎月検針に訪問し、ボンベが空になれば交換に訪問し、年に一度は安全点検で台所の器具の点検まで行うという特殊性がある。そこで、付加価値として安全や安心を提供しながら、ガス器具、水回り製品、ホーム・セキュリティー・システム、ユニットバスなどを販売していけば、年間の1軒当たりの単価を40万〜100万円以上に引き上げることが可能だ。ただし、きちんとコミュニケーションがとれればの話である。

このように、「顧客とのコミュニケーションにかかるコストとその効果」という視点から、自社のビジネスがデータベース・マーケティングに向いているのかどうかを考え直していただきたい。

さて、症例に移ろう。今回は、本来、コミュニケーション・コストをかける必要があり、かつ効果を出せる条件が揃っていながら、データベース・マーケティングの展開にあまり積極的でない、スポーツクラブの事例を診断してみたい。

関東地方を中心に10店舗のスポーツクラブを経営するS社は、約2万3,000人の会員を持っている。会員制スポーツクラブの場合、月の会費は立地条件やプールの有無などの設備面で異なるが、月額で7,000円から1万5,000円というところだろう。仮に7,000円として年間8万6,400円。この大半が粗利益だから、実はコミュニケーション・コストをかけられる部類に属する業種ではある。1%としても864円、すこし奮発して年間に1,000円だろうか。コミュニケーション予算を1,000円×会員数としてプランを組み立てられれば問題はないのだが、これがそうはいっていない。

S社にもいくつかの会費プランがあるが、平均的な会費は月額9,000円である。このほかに少額ながら入会金と施設のショップでの売上高などがあり、昨年の年間売上高は27億円である。この売上高の3%を宣伝広告費に充てているが、その内訳は新聞広告、折込チラシ、屋外サインや駅構内のサインなどで、圧倒的に新入会員獲得に向けられている。これで年間約3,000人の新入会員を獲得しているが、会員数はここ数年横ばいで2万3,000人を切ったり超えたりを繰り返している。新入会員を3,000人獲得しても、毎年3,000人程度の退会者が出るからだ。

会員制スポーツクラブの競合優位性は、基本的に立地条件と施設や設備の新しさにある。だから、施設や設備を絶えずリニューアルしなければならず、そのコストが莫大な金額になるので宣伝広告費の枠を広げるのは難しい。

S社の問題は、売り上げの3%に当たる約1億円の宣伝広告費の大半が、折込チラシ、雑誌・新聞広告、屋外サインなどの新入会員獲得用に持っていかれ、会員とのコミュニケーション・コストにはひとり1,000円どころか300円もかけられないということだ。S社は会員向けのフリーペーパーを年に数回作ってはいるが、施設の入り口に置いて「ご自由にお持ちください」とやっているのである。印刷物は作れても予算的に郵送はできないのだ。このフリーペーパー式会報の最大の欠点は、最も退会の危険度が高い「施設に来なくなった会員」にはまったく効果がないということだ。

既存の会員とのコミュニケーションができず、退会率の低減に有効な手が打てないのに、新入会員の獲得に予算を使うということは、ざるで水を汲んでいるようなものだ。しかし、既存の会員とのコミュニケーションにシフトすると、新入会員数が減ってしまうのではないかという恐怖心があり、思い切った予算のシフトになかなか手を付けられない。このままのレベルの会員コミュニケーションを継続していたのでは、近くに新しい競合店がオープンすると会員を一気に持っていかれる危険があるし、退会率にも歯止めはかからないだろう。

早急に改善すべきは2点。ひとつは、宣伝広告費の配分を思い切って変えること。会員コミュニケーションに予算配分をシフトしなければ、退会に歯止めはかからない。いくらインストラクターの接客レベルを上げても、「来店してくれないお客様」にはなんの効果もないので、退会は止まらない。出血を止めないで輸血をするのは血液の無駄というものだ。少なくとも宣伝広告費の30%、売り上げの1%は会員コミュニケーションのためのコストとして使うべきである。まずは会報の配布方法を郵送に切り替えるための予算を確保することが先決だろう。

2つ目の改善点は、退会率の低減を目的にした会員コミュニケーションの設計・構築だ。それも、ランニングコストの圧倒的に安い、オンラインの「メール&Web」で会員コミュニケーションを構築する必要がある。無論、大量の個人情報を持っているので、セキュリティを考慮に入れた設計を考えなければならないが、主たるテーマは「S社は利用率の低い会員とどうコミュニケーションをとるべきか」である。一般的に利用率の高い会員は退会率は低い。

利用率の高い会員が退会する時は、移転など物理的に継続が不可能になった場合が多く、どんなにコストをかけても退会を止めようがない。つまり利用率の低い層にターゲット・フォーカスしてコミュニケーション戦略を設計し、実施することが最も大きな効果を上げるだろう。