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2004.12.27

「プル型」のエッセンスで戦略的な味付けを!

出典:月刊「アイ・エム・プレス(I.M.press)」 / 庭山一郎

製品ラインごとに営業チームを分けた産業機械商社のH社。しかし、担当製品以外の商品知識が乏しいためにビジネスチャンスを逃してしまうことも多かった。そこでマーケティングに「プル型」の要素を加えると大きな変化が・・・。

データベース・マーケティングを駆使して、従来からの「プッシュ型」のマーケティングに「プル型」の要素を加えることで、「戦略的に売れる仕組み」を創ることができる。

今回は産業機械の商社であるH社の事例をもとに、その具体的な方法論を探ってみよう。

「プッシュ型」に「プル型」のエッセンスを加えて

企業の営業スタイルを表現するに当たって、「プル型」と「プッシュ型」という言葉を使うことがある。
「プル型」は、顧客側のアクションを待って対応する「待ち」の営業スタイル。一方の「プッシュ型」は、文字通り「押し」の営業で、積極的に訪問して情報を取り、コミュニケーションを図りながら顧客との関係を深めていくスタイルである。

売っている商品やサービスが競合優位性に乏しく、価格や営業スタッフの販売スキルがキー・ファクターとなっている場合には、この「プッシュ型」が威力を発揮する。

電話をマメに掛けてはアポイントを取り、訪問して案件の有無や相手のステータスを確認する。アポ取りの電話を1日に100件、200件とかけ、それでもアポイントが取れなければ飛び込み訪問も辞さず、訪問件数は1日に6〜8件。とにかく足と汗で稼ぐ典型的な日本型営業スタイルである。

逆に一見楽をしているように見える「プル型」は、実は競合優位性を確保するために水面下で凄まじい努力を必要とする。商品やサービスの性能や品質、ブランド、価格や納期、またはそれらの組み合わせで、圧倒的な競合優位性がなければできないスタイルなのだ。

絶え間ない商品開発、コストダウン、ブランド戦略、そして展示会などによる見込み客の開発とデータベース・マーケティングによる絞り込み…。そこには勤勉な農民が荒地を開墾し、その畑で手塩に掛けて農作物を作るような、農耕型の仕掛け作りが必要だ。

どちらが正解ということはない。自社のカルチャーや経営環境に応じて選択すべき問題である。ただ、私は「プッシュ型」に「プル型」のエッセンスを加えることで、バランスの良いマーケティングの仕組みを創るべきだと考えている。それはなぜか…。

仮にある製品で圧倒的な競合優位性を持っていたとしても、マーケットの中で長期間その地位を保つのは極めて難しい。そして製品やサービスの競合優位性が崩れた瞬間、「プル型」の営業は崩壊する。しかし、何でも売ってしまう営業スキルを備えた「プッシュ型」企業の優位性は、製品やサービスのトレンドでは動かない。その時その時に売れるものを売れば良いし、所詮、製品やサービスの競合優位性にはあまり依存しないので、マーチャンダイジング(商材開発・仕入れ)のスキルさえ確保できれば永続的に発展できる。

そこで、私のコンサルティングにおいては、「プッシュ型」の強い営業部隊やカルチャーを温存しつつ、少しだけマーケティングの「科学」のエッセンスを加えて「プル型」の要素を加味し、「戦略的に売れる仕組み」を創りましょう、と提唱している。

最近、「マーケティング全体を見直したい」という企業からの依頼で、コンサルティングに入るケースが増えている。その多くは「プッシュ型」一辺倒の営業スタイルに少しでも「プル型」の要素を加えたい、というリクエストである。

「プッシュ型」では人海戦術を中心にせざるを得ないため、人件費と採用やトレーニングなどのコスト負担が嵩む。そこで、これらのコストを少しでも削減したい。つまり、これまで右肩上がりの経済成長の中でただ漠然と行ってきたマーケティング活動を全部棚卸しして、もう一度、設計段階からトータルに再構築することにより、販売プロセスに隠れている様々な無駄を省くと同時に、活かしきれていない見込み客や顧客のデータやデジタル/アナログ双方の社内コンテンツをマーケティングに活用することで、「プル型」に変えていきたいと考える企業が増えてきたのだ。

コミュニケーション・マップを使った再構築

コンサルティングの最初のフェーズでは現状分析を行うのだが、まず初めにクライアント企業とその顧客や見込み客を結ぶコミュニケーション・マップを作成することにしている。
これは、企業とその企業がビジネスをしている市場(マーケット:顧客)を繋ぐコミュニケーション・チャネルをすべて洗い出し、その役割と期待される機能や効果をマップに落としこみ、俯瞰的にチェックする作業だ。

この時にマッピングするコミュニケーション・チャネルには、営業スタッフや商品パンフレット、ダイレクトメール、FAX配信、アウトバウンド・テレマーケティング、メールマガジン、Web等すべてが含まれる。もちろんマスメディアを使っていれば、これも含まれる。

「マーケティング全体の見直し」を具体化するには、このコミュニケーション・マップを作ってそれぞれの配置や相関関係を見直し、強化するものと、廃止・統合するものを整理し、予算や人的リソースなどの経営資源の配分を組み替えることが必要である。最新のマーケティング・テクノロジーと、その企業の経営環境や人的なリソースなどを総合的に見据えて、企業と市場とのコミュニケーションを最適化する作業だと考えていただければわかりやすいと思う。

特にある程度の歴史を持ち、過去に様々な手法でマーケティングを展開してきた企業の場合は、このコミュニケーション・マップをベースにマーケティングを「再構築」することが、最も効率的で現実的な方法なのだ。

図

各メディアの位置付け、役割分担が劇的に変化している

マーケティング活動をプロセスから再構築するためにコミュニケーション・マップを作ると、役割や守備範囲が最も大きく変わるのがWebサイト(ホームページ)だ。

ここ1〜2年の間で企業の通信環境は飛躍的に高速化した。忙しいビジネス・パーソンにとって最も重要なリソースである「時間」を侵食しないという意味で、「非同期コミュニケーション」(※1)がますます重視されている。そうした中、必要な時に、必要な情報を閲覧できるWebサイトの重要度が急速に高まっているのだ。

現在、多くの企業は会社案内や求人情報を中心としたスタティック(静的・固定的)なコンテンツで構成されたWebサイトは持っている。
しかし、インタラクティブ(双方向)性や、非同期性、リアルタイム性など、Webが本来持っているポテンシャルをほとんど引き出せずに、「もっと何かできるはずだ」とただ漠然と感じていることが多いのだ。

インターネットという広大な世界とのインターフェースであるWebは、目的を明確にしてあげないと、潜在的な可能性が大きすぎて情報の海に沈んでしまう。しかし、ひとたびこれに「マーケティング」という目的を持たせ、「顧客コミュニケーション」という視点で見直せば、大きな可能性を引き出すことができる。

顧客や見込み客と企業を繋ぐコミュニケーション・チャネルの中で、Webサイトは圧倒的な表現力を持っている。その役割や守備範囲を大きく広げると、結果的にコミュニケーションの主軸を担うプラットホームという位置付けに昇格し、Webサイトを中心にマーケティングを再構築することが可能になるのだ。

その再構築の方向性は、「プル型」営業スタイルへの進化に違いない。顧客や見込み客への製品・サービス情報の提供をバックヤード発のメールマガジンやダイレクトメール、情報誌などに担わせると同時に、これらをさらに深い情報へナビゲートする役目を持ったWebに集約させることで、営業スタッフは顕在化した案件を持っている有望見込み客や顧客への対応に集中できる。
このように機能や役割を分担し、営業に科学の要素を取り入れていくことが、成功への道なのだ。
では症例をみてみよう。

産業機械の商社であるH社は、現在、製品ラインごとに営業チームを持っている。
5年前に再編されたこの組織体系は、それぞれの製品知識やその分野での専門知識を最大限に高めることで高度なプロフェッショナル・サービスを提供しようという中期戦略に基づいたものだ。この戦略は功を奏して、それぞれの営業チームの専門知識が向上し、その成果として懸案事項であった新規受注開拓も強化された。

しかし、新たな問題も発生した自分が担当している製品ライン以外の商品知識が極端に乏しく、客先で問い合わせを受けても、自社がその製品を扱っていることすら知らず、せっかくのビジネスチャンスを逃してしまう営業スタッフが増えてきたのだ。

その結果、新規受注開拓は促進されたものの、クロスセリングが極端に弱くなり、客数は増えても、1社当たりの取引金額が低下するという状況を生み出してしまった。
H社はこの事態を重く見て、製品ラインを横断した社内商品説明会のインを横断した社内商品説明会の開催や、総合カタログの制作などに踏み切ったが、それぞれの製品のバージョン・アップに追いつかず、その成果は芳しくなかった。

そこで現在H社では、営業の組織体系を、一人の営業が特定カテゴリーの製品のみを扱う製品ライン別から、一人の営業が全製品を扱うエリア別へと戻すことを検討している。
B to Bは基本的にプロフェッショナルの世界である。売り手も買い手もプロなので、営業スタッフの専門知識レベルは極めて重要な差別化要因となる。従ってこのレベルを下げると多くの顧客を失う危険があり、決して妥協は許されない。H社の場合、組織をエリア別に戻すことは正しい判断ではないのだ。
では、どうすれば良いのか。

H社の問題点は、企業と顧客を繋ぐ情報の「インバウンド」も「アウトバウンド」もすべて営業スタッフの個人スキルだけに依存しているところだ。これでは、新人採用を続けている限り営業スタッフによる専門知識のバラツキは避けられず、結果として「顧客に届く情報の質や量」はいつも不足してしまう。

どの分野の製品知識も万全で、誰にでも何でも売れる営業スタッフなどそんなにいるものではない。
これはたった1本のレールの上をひとつの貨車で何でも運ぼうとしていることに似ている。2つの町を結ぶ交通手段であっても、車や列車や飛行機などがいくつも用意され、さらにレールの上を走る列車でも冷凍車や貨車、客車などの選択肢が用意されていることが必要だし、同じ「物」を運ぶにも条件により、コストよりもスピードを優先して飛行機を使う場合もある。

食品でも精密機械でも家畜でも人間でも何でもかんでも同じルートの同じ交通手段の同じ貨物車で運ぶなんてナンセンスだと誰もが考えるだろう。しかし法人営業の現実はこれと同じなのだ。

企業と顧客、あるいは見込み客を結ぶコミュニケーションをインバウンドとアウトバウンドに分類してマッピングしてみると、いかにバランスが悪いかが判るはずだ。これを再構築してマーケティングを「プル型」――顧客の問い合わせなどのアクションに対応する形に転換することが大切だ。

つまり、アウトバウンドの場面では、極力営業スタッフに依存せずに、必要な情報がターゲットに減衰なくリアルタイムに届く仕組みを構築する。これこそが「データベース・マーケティング」であり、その実現にはデータベースの整備はもちろん、Webやメールマガジンをこれとリンクさせて設計することが欠かせない。そして営業スタッフは、セミナー参加者、資料請求者、Webからの問い合わせ者など、データベース・マーケティングを駆使して届けられた情報に反応した顧客や見込み客のみを追いかける。

さらに高度なマーケティングでは、eメールからWebへ誘導し、そこでPDFをダウンロードした、あるいは、ストリーミングと呼ばれる動画を観たなど、特別な反応をした人だけを営業スタッフが追跡する方法もあるだろう。

こうすれば営業スタッフは、製品情報やイベント/セミナー情報を伝えるといった業務から開放され、これらのマーケティング活動の結果として絞り込まれた有望見込み客のみを追いかけることができる。

H社はこのプル型への転換に思い切ってシフトした。企業のオフィシャルサイトとは別のマーケティング・コミュニケーション用のWebサイトを開設し、同時に営業スタッフのデスクの中に眠っていた名刺や過去のイベント来場者などのリストを掘り起こし、それをクリーニングして丁寧に名寄せして、見込客のデータベース(ハウスリスト)を作った。

さらにそのハウスリストとのコミュニケーション・チャネルとしてメールマガジンやイベント情報のニュースレターを定期配信する体制を整えた。プロジェクトチームを作ってから、このハウスリスト・データベースと、マーケティングWeb、メールマガジンという3つのマーケティング・インフラを整備するまでに6カ月という期間を要したが、機能し始めた時に、これまでいかに多くの商談を機会損失していたかを思い知ったのだ。

毎月定期訪問していたはずの顧客企業の、従来とは別部門からの引き合いが来たり「これも扱っているならもっと早くお宅から購入すれば良かったよ」という顧客の声が聞こえてきた。営業のアポイント率も急速に上がった。また、これまで営業スタッフが電話を掛け、訪問をし、1から関心度を探っていたものが、3つのマーケティング・インフラで事前に関心度を見極め、確度の高いところへ訪問できるようになったために、訪問先の中で案件化する率も目に見えて高くなり、営業リソースをクロージングに集中できるようになったのだ。

今後はこのように、強力な営業部隊に「プル型」のエッセンスを加えて、「戦略的なマーケティングの仕掛け」を構築した企業だけが生き残るだろうと私は考えている。