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2006.04.10

マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷5[余話として]

出典:PowerBiz / 庭山一郎

マーケティングの楽しさや醍醐味って?マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷の余話として古今の歴史を踏まえてお伝えします。

【マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷】というテーマで4回にわたり日本企業のマーケティングの現場をレポートしたが、「マーケは楽し!」というタイトルのわりに現場の苦悩から入ってしまった。

そこで今回からは、マーケティングの楽しさや醍醐味について古今の歴史を踏まえて書いてみようと思っていたのだが、前回の原稿をアップした後、多くの方からもっとこのテーマを掘り下げて欲しいという感想をいただいた。

また、「情報化に対する被害者意識の強い営業サイドでも、頭でっかちのマーケティングサイドでもない中立的な【立ち位置】が面白い、きっとあなたは泥臭い営業も経験しているのだろう」という観察眼の鋭い感想もいただいた。

嬉しかったのは、新設のマーケティング部門に配属されたのでコトラーやポーターの本を買ってはみたものの、眠くなってどうも読み進まなかったがこれはすらすら読めて勉強になった、という感想をいただいたり、大手企業のマーケティングマネージャーから、このコラムを部門で回覧しチームで勉強させているよと言っていただいたことだ。

世界のマーケティングをリードする大家には申し訳ないが、実務のマーケターは、どうも定理や分析より、「いかに売り上げに貢献するか」という現場の知恵や経験を求めているようだ。

「どうやったら展示会で集めたアンケートや名刺のリストを活用して売上に結び付けられるだろうか」
「どうやったら渡した見込み客リストを営業が真剣に追いかけてくれるだろうか」
「どうやったら営業がSFAにフィードバックするだろうか・・・」

そういった悩みを抱えながら日々の業務と戦っている販売推進や営業企画と呼ばれるマーケティング部門の人が本当に多いことを改めて実感した。
それを物語るひとつの現象が去る9月4日、5日に東京渋谷マークシティで開催したセミナーだと思う。

「マーケティングは営業の設計図 〜受注の構造を科学する〜」と題したこの弊社主催のセミナーは当初9月4日だけの予定だったが、開催告知のメール配信後僅か4時間で70席が満席になってしまった。「上司に許可を取って申し込もうと思ったらもう満席だった」というクレームもいただき、あわてて翌日5日も同じ会場を押さえて追加セミナーとして1週間後に告知したところ、今度は3時間で満席になったのだ。

このセミナーでは、私が約20年のマーケティングの現場での経験から学んだこと、すなわち「プロダクトマーケティングはラインで構築しないと機能しない」ということを中心に、データベースマーケティングを設計する時に必要な要素分解に始まり、なぜ展示会で集めた名刺・アンケートを活用できないのか、この資産を活かすために必要な「マーケティングプラン」「ツール」「人員・人材」について詳しく解説することで、展示会で集めた名刺やアンケートという「タスキ」が営業まで繋がらない「負のメカニズム」を説明した。

「負のメカニズム」とは、長い道のりをランナーがタスキを繋いでいく駅伝に例えると判りやすい。
「マーケティング」という名の第一走者が息を切らして走ってきた時、中継地点に第二走者はおらず、遥か彼方にある次の中継地点に「営業」という名の第三走者が不機嫌にタスキを待っている、という構図なのだ。

ならば第一走者が第三走者のところまでタスキを持って走れるかと言えば、展示会やセミナーなど、それ自体でかなりヘビーなミッションを持っている第一走者にその余力はない。しかも存在しない第二走者の走るべき第二区は、第一区とはまた違った高度な専門性やノウハウを必要とする難所続きなのだ。

くたくたになって、タスキを渡すべき相手もなく中継地点で頭を抱えている第一走者(マーケティング)と、なぜタスキがちゃんと運ばれてこないのかを理解できずに怒っている第三走者(営業)・・・。
空から俯瞰的に見るとそんな光景があちこちの企業内で毎日繰り返されている。

私もコンサルティングをやりながら、なぜタスキが繋がらないかを理解できなかった一人である。
クライアントと一緒に来る日も来る日もうまく行かない現実に戦いを挑む中で次第にはっきりと見えてきたのは前述のような光景だった。

数億円、数千万円もするSFAやCRMを導入しながら活用できない日本企業、展示会に年間数千万円を投じて大量の見込み客リストを集めながら、それをまったく活かせず苦闘する事業部・・・。

必要なのは、スタミナのある第一走者でもなく、後ろまでタスキを取りに来てくれるお人よしの第三走者でもなかった。

単純に第二区の走路に合う特質を備えた第二走者がいればいいのだ。

このことに気がついた時は本当に嬉しかった。
これでクライアントの問題が解決できると思ったし、クライアント企業の中で活用されていないSFAやCRMなどのさまざまな営業支援システムが期待通りに動き出すと思った。

そして第二走者探しが始まった。
求められるスペックは既に明らかだった。

展示会で集めたアンケートや名刺リストを名寄せ(マージ)、不要データの削除(パージ)を繰り返しながらユニーク化することで、まずデータを一元化する。そしてこのハウスリストに対してメールマガジン、ダイレクトメール、Fax配信、イベント案内メールなどのコミュニケーションを繰り返しながら、その反応から有望度を測定し、その時点で最も有望な見込み客のリストを作成する。それを第三走者である営業に彼らが欲しい形と数量で渡す。

この役割を担えるチーム、つまり第二走者を社内か社外で見いだせばタスキは繋がるのだ。

約半年の間、ありとあらゆるアウトソーシング会社、システムベンダー、テレマーケティング会社、DM発送代行業者、広告代理店、E−Mailマーケティング会社などにインタビューしたが、第二走者として第二区をその1社でカバーできる会社はついに存在しなかった。

複数の会社に分離発注すればなんとかなりそうだったが、それでは分離発注した業者を管理する工数が第一走者か第三走者のどちらか、または両方に発生してしまう。

その上、業者間でシナジー(相乗効果)が効かず、コスト的にも高くなってしまうのだ。
これでは現実的にタスキは繋がらない。
原因がはっきり見えているだけに、解決できないストレスは募る一方だった。

そして・・・西暦2000年のある日、私は無謀な決心をした。

「誰もやらないなら自分たちの会社でやろう」

もともと私の中で【Marketing Factory】の建設という構想はあった。データベースマーケティングをワンストップで実現するためのあらゆる要素を完備した「情報工場」(Marketing Factory)がない限り、日本のデータベースマーケティングは決してアメリカに追いつくことが出来ない。

コンサルタントはクライアント企業のヒアリングから入り、業務分析、解決策の提案を経てソリューションを選定し、カスタマイズの要件定義を行う。
確かにある種の高度なスキルと経験は必要だが、残念ながらそれでは企業の抱える問題は期待された程には解決しない。

本当に必要なのは、職人やラインや工作機械を持って実際に問題を解決できる「工場」(Factory)だった。
世の中には素晴らしいデータ解析ツールや顧客管理システムがあるが、多くの企業にとってこのような高価な「工作機械」やそれを自在に操るオペレーションチームなどを1社単独で持つことはオーバースペックであり、運用できないお荷物を抱えてしまうことになる。
工作機械は専門のオペレーションチームのいる工場のラインにあるべきだ。

この工場【Marketing Factory】があればどの企業でもマーケティングをラインで繋ぐことが可能になる。
自社だけではオーバースペックなシステムや人員を抱えなくても、最低限の投資と1〜5名の担当者でしっかりとタスキの繋がった高度なデータベースマーケティングを展開することが可能なのだ。

例えば老舗の流通業がこの【Marketing Factory】に既にその会社が持っている「ブランド」と「顧客」と「商品」さえ持ち込めば、すぐにでも高度なオンラインビジネスが展開でき、少ない投資で最も大きな店舗の売上をも上回る収益を上げることも可能になる。

この【Marketing Factory】を利用して、インターネットとそれぞれの顧客や会員のデータベースとを組み合わせてまったく新しい効率の良いコミュニケーション体系を構築することもできる。
スポーツクラブや英会話教室などの会員ビジネスにとって最も頭の痛い「退会率」を一気に引き下げることも可能になる。

【Marketing Factory】はマーケティングの現場から出てきた発想で、上流の大きな「絵」ではなく、目の前にある現実の問題を解決する「工場」なのだ。
冒頭で紹介した読者の感想:「情報化に対する被害者意識の強い営業サイドでも、頭でっかちのマーケティングサイドでもない中立的な【立ち位置】が面白い」はそういう意味で非常に的を射ている。

何故なら、私自身20年近くマーケティングの現場で営業と喧嘩をし、予算を割かない幹部に噛み付き、アンケートを集められないカーディーラーの営業マンに同行して歩き回り、展示会で声を枯らし、ダブりだらけのデータベースや、メール配信の度に発生するクレームや配信停止依頼に頭を抱えてきた。
この20年間、常に業種や業態、規模やターゲットの異なる多くのクライアント企業のマーケティングチームの一員であったのだ。

そのスタンスは現在も変わっていない。
大好きなマーケティングを楽しみながら、アメリカと日本のレベルの差をいつか必ず埋めてやるという想いを胸に、クライアント企業のマーケティングチームの一員として毎日現場で格闘している。

そのマーケティングチームを支えているのが【Marketing Factory】として再構築された私の会社、株式会社シンフォニーグッドスタッフである。
世界で最初のデータベースマーケティングのためだけに設計された情報工場で、まだまだプロトタイプ(原型)ではあるが第二区をフルアウトソーシングで担当することができ、ここには2000年の無謀な決断が形になってしっかり存在している。

そして、セミナーの大成功も、このPowerBizの読者のみなさまからのありがたい感想も、【Marketing Factory】のチャレンジが間違っていないことを証明して下さっているのだと思う。

今回は、忙しい時間を割いて読んでくださった読者の方や、感想をお寄せくださった方へのほんのささやかなお礼として、【Marketing Factory】の建設という私の夢を語らせていただいた。
これこそが、日本のデータベースマーケティングを世界のトップレベルに引き上げるキーファクターだと信じている。

せっかくありがたい感想をいただいたので、【マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷】をもう少し続けようと思う。そもそも、若いマーケターやビジネスパーソンを対象にマーケティングの楽しさを伝えたいと考えて書き始めたのだが、実は読んでいただいている方の希望は少し違うということがわかってきた。

書店の店頭に並んでいるマーケティングの本には書いていないことを望まれているらしい。
読んでくださる方がいるならできる限り希望に添いたいので、ご希望のテーマをお寄せいただけるとありがたい。
20年の経験から、引き出しは比較的多く持っているかもしれないので・・・。
では次回【マーケターとセールスの間に横たわる深くて暗い谷 〜駅伝 花の二区編〜】でお会いしましょう。(^^)/