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2019.10.28
時折、欧米企業からアジアパシフィックの最初の拠点をどこに置くべきか?という質問をされることがあります。基本的に東京と答えますが、それは私が日本人だからではありません。実数をベースに考察しているからなのです。
米国に本社を置くクライアント企業から、アジアパシフィック(以下APAC:Asia-Pacificを略)の最初の拠点をどこに置くべきか?というテーマで意見を求められることがあります。基本的に「東京」と答えることが多いのですが、それは私が日本人だからではありません。実数をベースにターゲットセグメントへのアクセスを考慮すれば、答えはそうなるのです。
私はプロフェッショナルマーケターですが、調査資料を鵜呑みにして信用することはありません。それは調査など必要無いと考えているのではなく、調査はそれを行った人の意志に影響されるという事を経験から知っているのです。
タクシーの動画広告などで「業界ナンバーワン!」というのを良く観ますが、どの業界の、何の数値がナンバーワンなのかは出ていません。異なるいくつかの要素を組み合わせてベン図を作れば、重なりはどんどん少なくなります。
「エンタープライズBtoBを専門とするプロフェッショナルマーケター」と「森林を所有するアマチュア林業家」と「モンゴル帝国のアマチュア研究者」を組み合わせ、その重なりの中で「チェーンソーの目立ての技術」という要素で比較すれば、私は世界一かも知れません。もちろん、「チェーンソーの目立て世界一」という部分だけ切り取って名乗ったところで、プロの林業家の足元にも及ばない事実は変りません。
基礎データは真実だとしても、それを切り取る角度や集計の仕方、グラフの目盛りの設定などによって、いくらでも「意志」が反映されてしまうのです。だから私はマーケターとして重要な事は、実数を大切にすることだと考えています。パーセンテージはあくまで指標であり、重要なのは実数です。実数で観るとまったく違って見えることが意外に多いのです。
シンガポールの建国の父と言われる故リー・クアンユーの言葉を引用して、「少子化に手を打たず移民も受け入れないなら日本は衰退していくしかないだろう」と論陣を張る人がいます。江戸中期には既に世界最大規模の都市であった東京を抱える日本の人口減少率や、年齢別構成比率のいびつなグラフを観れば、確かに悲観的に見えてしまうかも知れません。逆に、200年前に東インド会社のトーマス・ラッフルズが上陸した時は100人程の漁師しか住んでいないジャングルだったシンガポールの今に至る人口増加率や、人口の95%が中国系やインド系の移民という事実を見ると、日本とはまったく違う国であることは判ります。
数年前に米国西海岸にある企業のミーティングで、APAC最初の拠点をどこに置くか、という議論に参加した事があります。候補はシンガポール、シドニー、東京でした。本社の多くの幹部は、人口増加率や年齢別の人口動態などの統計データを見て、市場としても魅力的だとシンガポールを推していましたが、私は別の意見でした。
私は「英語でのコミュニケーションを重視するならシドニーとシンガポール、APAC全域へのアクセスならシンガポール、これらは理解できる。しかし、市場としての魅力なら圧倒的に東京だ」と主張したのです。
シンガポール派は、日本は衰退期に入っており、人口減少、消費の低迷、国際競争力の低下などあらゆるデータがそれを示しているではないかと主張しましたが、それに対して私はこう説明したのです。
働いて所得を得て消費するのは実数としての人間です。
日本の人口は2019年現在で約1億2700万人。減少率を最も高く見積もっている予測を見ても20年後の人口は2700万人減少して約1億人としており、その内の生産人口は約6000万人とされています。シンガポールの人口は現在約550万人で、東京23区と同規模の小さな国土と物価の高さからみても、これ以上の人口増加は難しい状況です。平均年齢は若いと言っても人は確実に年を取ります。仮に20年後の人口を700万人としたら生産人口は500万人程度でしょうか?つまり実数で見れば、20年後ですら日本の生産人口はシンガポールの12倍ということになります。超高額の特殊な商材は別にして、12倍の市場サイズを魅力が無い、という見方は正しいのか?と疑問を呈しました。「率」や「グラフ」ではなく「実数」に目を向けるべきだと主張したのです。
同じような議論は東海岸の企業でもありました。この企業は、エンタープライズBtoB企業に対してナレッジを提供しており、APACの最初の拠点はどこに開設するのが良いか?というテーマでした。その時の候補もシンガポールとシドニーでした。私は、シドニーは豊富な天然資源や観光資源を強みとする都市であり、BtoBで勝負するなら東京を選ぶべきと主張しました。
BtoBでみれば、東京が魅力的な理由は他にもあります。シンガポールに在る企業の多くは、欧米企業のAPACの拠点で本社ではありません。一方、東京に在る多くの日本企業はグローバル本社です。例えば経営戦略やマーケティングのカンファレンスを開催するとして、そのターゲットとなる企業戦略やグローバルマーケティングに関わる人は本社の中枢にいるはずです。それらのペルソナに該当する人の実数は、東京の方が遙かに多いのです。
実はこの会社ですが、当初の予定通り、翌年シンガポールにオフィスを開設しました。その後、シンガポールのコンベンションセンターで経営戦略に関するイベントを開催しましたが、スポンサー集めにも集客にも大変苦労して、今慌てて東京オフィスの準備をしています。友人でもあるその会社のCEOからは「残念ながらあなたの言った通りになったよ」と言われました。
私が日本人だから東京を推したと思われるのは仕方が無いのですが、私はその企業のターゲットセグメントをパーセンテージではなく実数で観ていただけなのです。
シンガポール建国の父として今も国民から慕われるリー・クワンユーは欧米人を研究し、徹底的に彼らに選択して貰える都市国家を創りました。英語を標準語とし、発音も厳しく指導させました。衛生を重視し、法律や税制、そしてオフィス開設に関する諸手続などを簡略化し、小さな島の都市国家という地の利を活かして東南アジアで最も治安の良い都市を創りました。その結果、目論見通り欧米諸国の企業がAPACの拠点を開設する時に最初に選ばれる国となりました。稀代の戦略的政治家だと私も思います。
しかし、「英語でコミュニケーション出来ない」「税金が高い」という点が改善できたとすれば、「実数」で比較した際、APACでは東京が圧倒的に優れていると私は思います。さらに、治安やカントリーリスクを考慮すれば東京のポイントはさらに上がります。
悲しい事実を考えれば、外国企業を誘致したいのは経済産業省、英語教育の責任は文科省、法人税は財務省の責任で、この縦割り行政が続く限り改善までの道は遠いという事です。私は内外の多くの経済学者が言うように、日本が急速に没落するとは考えていません。しかし、これから発展させようと思うなら、リー・クアンユーのような国家戦略を実現できる強いリーダーが必要でしょう。