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2020.05.11

インサイドセールスは諸刃の剣 ─BtoBマーケティングのパラドックス─

text:シンフォニーマーケティング代表取締役 庭山一郎

BtoBマーケティングにおいて、インサイドセールスは重要なプロセスであることは間違いありません。しかしそれは、高度な全体最適で設計されたマーケティング&セールスの中でしかワークしない諸刃の剣であることはあまり語られていない、というお話です。

ここ数年、日本のマーケティングシーンでは「インサイドセールス」が大流行しています。カンファレンスやセミナー、書籍、雑誌の特集にと、この名前を聞かない日は無いし、多くの企業がこうした組織を創っています。
BtoBマーケティングにおいても、テレコールを担当するインサイドセールスは重要な要素であることは間違いないでしょう。しかしこのインサイドセールスは、高度に全体最適で設計されたマーケティング&セールスの中でしかワークしない諸刃の剣であることはあまり語られていないような気がしますし、それが不適合の原因になっていると私は考えています。

実はリードの質という点に関しては、マーケティング部門と営業部門の価値観は一致することが多いのです。マーケティング部門は営業からの評価を大切にするので、少しでも良いリードを渡したいと思っています。ナーチャリングのコンテンツに悩んだり、絞り込みのアルゴリズムをいろいろ試したり、Marketing Automation(MA)Business Intelligence(BI)ツールを組み合わせて詳細な分析をするのはそのためです。一方の営業部門も良いリードが欲しいと思っています。営業は基本的に忙しい人たちなのです。既存顧客のメンテナンス、引き合い対応、見積もりや価格改定への対応、納品や回収など、日本のBtoB企業の営業の守備範囲は世界でも稀なほどに広大です。だから新規のアポイントは出来るだけ「良いモノを少数欲しい」というのが本音でしょう。

この点に置いてマーケティングと営業の利害は一致します。

ところが、マーケティングと営業の間にインサイドセールス部門を作ると、ここが微妙に違ってくるのです。インサイドセールスは電話を掛けることが唯一の仕事のため、電話を掛けないと「仕事をしていない」ことになってしまいます。仕事が無いという事は当然ながら組織の存続に関わります。多くの企業で縮小や廃止の対象になるでしょう。そこで組織は自己保存に走り自ら仕事を作り始めます。つまりコールドコールを掛け始めるということなのです。

仮に5人でインサイドセールス部門を立ち上げたとして、マーケティング部門から月に200件のコールリストが来るから1人40件ずつ担当してコールするとしましょう。恐らく1、2日でほとんど掛け尽くしてしまって、もうコール先が無い、という状況に陥ることになるでしょう。電話をしたいし、しなければならないのに掛けるリストが無いと頭を抱えているところに、MAやSales Force Automation(SFA)の中に数万人分の個人情報が在る事にふと気がつき、このリストをもらって電話を掛け始めます。手段であったコールが目的となり、組織の存続を掛けてギリギリのスクリプトでアポイントを目的に電話を掛けまくることになります。かくしてコールドコールと呼ばれる「ナーチャリングも絞り込みもしていないコール」が増えていくのです。これをマーケティング部門がコントロールしていれば未だ良いですが、そうでない場合これが急速にリストを枯らす原因になります。そもそもアポイントの電話が掛かってくることを楽しみにしている人などいないのですから。

まず営業部門からクレームが入り始めます。MAとSFAの連繋などのデータ管理が甘いと、既存顧客や既に担当営業によって商談が進んでいる先に突然インサイドセールスからアポイントの電話が掛かってくるという事態が発生し、相手も戸惑うしその苦情は担当営業にくることになります。

マーケティング部門にしてみれば、温めても絞り込んでもいないリードにコールされて、それが引き金になってメール配信停止にでもなれば、展示会などのリードジェネレーションもデータマネジメントもナーチャリングもすべて無駄になってしまいます。MAを使った絞り込みの基本は2軸です。一方が「属性」と言われる情報で、業種、規模、企業、部署、役職などでスコアリングします。もう一方が「行動」で、メールへの反応、特定情報への深堀り、メルマガ登録、アンケートや資料ダウンロードなどになります。ナレッジが貯まってくるとこれを3軸4軸へと増やして絞り込みの精度を上げていきますが、逆にこのようなプロセスで絞り込まれていないリストから獲得したアポイントは営業にとって嬉しくないものが多いのです。数千万円の検査機器を小さな町工場が導入する訳もなく、そこにアポイントをとってしまうということが発生します。営業は自分の時間を無駄にされるのを最も嫌うので、この苦情はデータの出どころであるMAを管理しているマーケティング部門に来ることになります。

実は私も、毎週のようにMAベンダーやインサイドセールスを提供している企業から売り込みの電話をいただきます。

「MAというツールをご存じですか?」
「意志決定者に確実にアポイントが取れるサービスがあります」
ABMという画期的な手法の説明を5分でさせていただけないでしょうか」
「BtoBマーケティングに関する情報に興味はございますか?」

アシスタントが丁重にお断りしているものの、もし私がこのアポイントを承知したら、営業は本当に来るのか?と考えてしまいます。

かくして評判を落としたインサイドセールス部門は、それでもコールという唯一の仕事をしないわけにはいかないので、四季報や信用調査企業のデータを元に電話を掛けることになります。そんなインサイドセールス部門の人達にとって、Webからの資料請求や資料ダウンロードデータは垂涎の的です。死に物狂いで電話を始め、その結果「うっかりあの会社の資料をダウンロードすると電話がひどいから気をつけた方が良い」という評判が立つことになるのです。

これが、この5年間で日本のBtoBマーケティングで起きたインサイドセールスの負の側面です。

では、BtoBマーケティングにとって必要不可欠なインサイドセールスがなぜこのような不適合を起こすのでしょうか。

私は、マーケティングのナレッジをベースにした全体設計が無いまま組織を作ってしまったことが原因だと考えています。インサイドセールスは、営業や製造などで製品知識を持っている人であれば誰でも出来ると簡単に考えられているので、企業が真っ先に内製化を考えるプロセスなのです。中には「余剰人員にやらせる」と乱暴に考える企業さえ存在します。しかし、インサイドセールスをしっかり育てて、Account Development Representative(ADR)と呼ばれるような数字責任まで背負った営業の後方支援部隊として進化させるか、マーケティングからも営業からも顧客からも嫌われる迷惑集団にするかは、マーケティング&セールスの全体設計に掛かっているのです。展示会やセミナー、Webもそうですが、日本企業のマーケティング活動は「部分最適で連繋を考えていない」ものが余りにも多く存在します。インサイドセールスは、コールという最もクレーム率が高いチャネルを使うので、特に全体設計に基づいた組織や運用の設計が必要なのです。

営業経験者を中心にインサイドセールスを作ろうと考えている企業は、少なくともコアメンバーにはマーケティングをしっかり学ばせるべきだと私は考えています。