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2020.10.20

オーディエンスデータという名の怪物

text:シンフォニーマーケティング代表取締役 庭山一郎

3年ほど前までは、BtoBマーケティングの世界で良く管理されたデータを表現する言葉は「洗練された:ソフィスティケイテッド/Sophisticated」でした。しかし今日では「健全な:ハイジーン/Hygiene」という言葉が主流になりました。正しく名寄せされ、企業と個人が紐付いたという要件だけでなく、それが法的に健全かどうかを問われているのです。

「あなたがマーケティングに使っているデータは本当に健全(ハイジーン)ですか?」
BtoB企業のマーケティング担当者が、自社のコンプライアンス委員会からこんな質問を受ける日が来るかも知れません。

ある日、普段料理に使っている食材に発がん性の有る物質が大量に含まれていると知り、気分が良い人はいないでしょう。それを何年も家族に食べさせていたとすればなおさら許せないはずです。
我々は普段様々なものを使って生活し、仕事をしていますが、その成分やデバイスを詳細にチェックしていませんし、出来ないはずです。スーパーで買い物をするときに成分表示や賞味期限を確認する人は多いでしょうが、成分分析装置を家に置いて調べている人は少ないでしょうし、使っているPCやスマホを分解して使われているデバイスのスペックや製造場所を調査する会社も少ないはずです。

でも、購入したもので事故が起きれば、その責任を問われるのは会社であり選択したあなたかも知れません。

それが「リーマンショック」でした。「サブプライムモーゲージクライシス(Subprime Mortgage Crisis)」と呼ばれる米国の不動産ローンの崩壊をきっかけに2008年に世界中を襲った恐慌ですが、この本質的な問題は、金融商品が複雑になり過ぎて投資した商品の中身が誰にも判らず、そのためにリスクヘッジが効かなかったことだと言われています。

米国の金融産業は、世界中から最も優秀な理工系の頭脳を持つ人が集まり、金融工学(Financial Engineering)と呼ばれる投資のリターンを最大化するための学問分野が存在します。高等数学、物理学、コンピュータサイエンスなどの天才たちがその頭脳と技術を駆使し、複雑に組み合わされた金融商品を組成して世界経済を動かしています。その中にどんな株や債権、保険などの金融商品をどのくらいの割合で組み込んでいるか、それぞれどれくらいのリスクを内包しているかは、余りにも複雑で誰にも判らなくなっていました。その結果、少数の格付け機関による「AAA」などの信用評価に頼るしかなかったのです。
金融商品を組成する人たちは、この格付け機関の与信アルゴリズムを解析し、格付けを下げずにリスクが高く高利回りの債券をたくみに混入させる方法を研究しました。こうして格付けが高く利回りの良い金融商品が完成し、それを世界中の金融機関が投資ポートフォリオに組み入れました。その中に、米国の与信能力が低い人向けの不動産ローンがギリギリの配合で混入されており、ここがデフォルト(債務不履行)を出したことで地滑り的に世界経済を崩壊させてしまったのです。

ここまで読んで、現代のデジタルマーケティングを連想した人はいるでしょうか?

私の会社には、海外で開発されたマーケティングソリューションが日本で発売する前に持ち込まれます。その目的は、その製品やサービスが「日本に市場は在るのか?」「どうやったら日本市場で立ち上がるのか?」という事を見極め、意見を求めるためです。

ここ数年で多いのは「未来予測:プレディクティブ・アナリティクス(Predictive Analytics)」や「アカウントベースドマーケティング(ABM)」ソリューションですが、それらの「売り」はデータ分析によってどの企業が何にどの程度投資するかを予測する機能であり、それをリアルタイムに解析して表示する機能です。分析するデータは、自社が保有する「ファーストパーティデータ(First Party Data)」、パブリッシャーなどが保有する「セカンドパーティーデータ(Second Party Data)」、その他オーディエンスデータ(Audience Data)から生成された「サードパーティデータ(Third Party Data)」を混ぜて(Combine)分析する方法が主流です。

問題はその「オーディエンスデータ」の中身が判らないことです。プレゼンしてくれるベンダーにオーディエンスデータのリソースを質問しても、「米国で利用者が多いビジネスSNSなども使われています」といった曖昧な回答が多く、どの企業のどんなデータがどのくらいの割合で含まれているかは恐らく誰にも判りません。組成の中身は検証できず、抽出のアルゴリズムも非公開のものが多いのです。利用する企業は、それらのデータが合法的に収集されたという説明を信じるしかなく、仮にそのオーディエンスデータの中に違法に漏洩したデータが含まれていても気付くことは出来ないでしょう。

しかし、そのデータに違法なものが含まれていたら、その責任を問われる可能性は排除できません。特にGDPRはそこを厳しく見る方針を打ち出して米国企業と対立しています。

「あなたがマーケティングに使っているデータは本当に健全(ハイジーン)ですか?」

この質問を常に頭にいれてマーケティングを実施しなければなりません。そういう時代に我々は生きているのです。